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羽音、そして世界は
土潤溽暑-4


「あー! っつ!」

 嫌な回想は暑いという言葉に変換されて、野々子の口から吐き出された。
 暑い。暑すぎる。改札――といっても無人駅だから、切符を捨てる箱が置いてあるだけなのだけれど――を出てもう随分経つのに、迎えがこない。バスは今から一時間後。タクシーは電話番号が分からないから呼べない。人っ子一人どころか、風すら通らない。

「車でも故障した?!」

 吹き曝しの古くて汚い待合室で、野々子は立ったまま、もう何度も祖父母の家に電話を掛けている。一向に繋がらない電話と、滲む汗、暑さにイライラが募る。まだ足に馴染んでいないミュールが、ヒールの角度で爪先を圧迫して少し痛む。長椅子があるけれど、蛾やらなんやら、得体の知れ無い虫の死骸が、そこらじゅうに散乱しているから座れない。死骸をティッシュで掃うなどという考えは、野々子には浮かばない。兎に角、虫が嫌いなのだ。

「うぇえ……」

 頭を反らすと、待合室の屋根はクモの巣だらけ。クモの巣といっても、普通のクモの巣だけでなく、綿みたいに真っ白の固まりが、大小問わずボンボンくっ付いている。たくさんの羽虫と共に。

「もうやだ!!」

 日焼けも靴擦れも虫よりはマシだと、野々子はカバンを担いで炎天下へと踏み出す。
 と、携帯が鳴った。


『あ! もしもし、野々ちゃん? おばあちゃんよ。久しぶりね、元気だった? 連絡できずにごめんね。暑かったでしょう? ……うん、そう。おじいちゃんの車がね、途中で止まっちゃって。今ようやく車が通り掛かって、助けてもらってるところ。その人に電話を借りたの。でも、おじいちゃんの車全然直らなくて……だから、悪いんだけど、車が直るまでおじいちゃんの友だちの家で待っていてくれる? シロウズさんっていうの。駅の近くに住んでいてね。今、迎えに行ってくれてるはずだから。……うん。じゃあ、また電話するわね』


 しょっぱなからこんなアクシデントに遭うなんて!
 野々子は肩を落として電話を切った。



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