羽音、そして世界は
土潤溽暑-2
「もう! うるさいなぁ、ボリューム下げてよ! あたし受験生なんだよ?」
シャーペンを折りそうなくらい握り締めながら、野々子は後ろを振り向いて半ば叫んだ。後ろには煙草を吹かしながらライブに着ていく服を選ぶ姉がいる。その姉のコンポからは、不協和音と絶叫が爆音で流れ出していて、時折壁や天井がビリビリと震えた。
「あんた、集中力無さ過ぎじゃない? 音楽かけたくらいで」
「だから、その騒音のせいで集中できないって言ってんの」
「は? 騒音?」
アイラインがっつりの目でガンを飛ばしてきた姉に、野々子は息継ぐことなく続ける。そうでないと、いかにこの騒音が崇高な音楽であるかを、延々と聞かされる破目になるのだ。
「あと、煙草もやめて。ガンになる。くさい。頭に悪い」
「頭悪いのはもともとでしょ」
「うっさい。二浪してる姉ちゃんに言われたくない。勉強しないでライブばっか行ってるし」
「息抜きって言葉知ってる? つか、二浪って大学の話でしょ。高校受験とは格が違うわけ。
あ、ごめんね。その高校受験なんかで失敗しそうな野々子にはレベルの高い話だったね」
そう言ってわざと煙草の煙を吹きかけてくる姉に、ますます頭に血が上ってくる。
「二浪のどこがレベル高いわけ? しかも高校受験なんかでとか言いながら、あんときは必死だったじゃん」
「あれは必死じゃなくて一生懸命って言うの。意味分かる?」
「意味一緒!」
「一緒じゃねぇよ、バカ。つかそんなに嫌だったら図書館でも行けば?」
「は? バカにバカって言われたくな」
――落雷!
「あんたたちいい加減にしなさい!!」
コンポの絶叫が掠れた。鬼の形相で母が入り口に立っている。包丁を握りしめて。晩御飯の支度中だったが我慢ならなかった、という感じだ。
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