つちうるおうてむしあつし
冷房の効き過ぎた電車のドアが開いた。
蝉の鳴き声と共に入ってきた熱気を、冷え切った手足に心地よく感じながら、「ついに来てしまったか」とため息をつく。目の前には、見渡す限りの田んぼと畦道。そして山、山、山。その緑の景色の中では、点在する民家はちっぽけでオマケのようにしか見えない。
買ったばかりの白いミュールでホームに降り立つと、まるで別世界のように熱気が纏わり付いてくる。空気という服を着せられたみたいで、少し気持ち悪い。
「あっつー」
電車は発車し、プラットホームの屋根の影で独り呟く。この駅で降りたのは自分だけだった。風が無いからだろうか。じっとしていても汗が滲んでくるような暑さだ。冷房の余韻が残っている間に、一刻も早く立ち去ろう。そう思いながら、重いカバンと手土産が入った紙袋を両手に持ち、いそいそと改札を目指す。
事の発端は姉とのケンカだった。