羽音、そして世界は
蒙霧升降-3
突然の声に野々子は、山が弾け飛びそうなほど絶叫した。あまりにも地面の虫に集中しすぎていて、目の前に人がいたことに気付かなかったのだった。
「あ、私人間! 生きてる人間!」
顔面蒼白の野々子は我に返る。
自分に必死に人間であることをアピールしていたのは、同い年くらいの女の子だった。濡れた髪をポニーテールにしていて、片手にはタオルやらゴーグルやらが入った水泳バッグを持っている。
「大丈夫?」
「あ、うん」
相手が人間だと分かると、今度は羞恥で顔が燃えた。
謝罪の言葉をモゾモゾ呟く野々子に、彼女は「いいのよ」と軽く答えた。
「それよりあなたどうしたの? 靴を田んぼに落としたの?」
「こ、これは……ハ」
言いかけて口をつぐむ。
これ以上恥ずかしい思いはしたくなかった。
「……とりあえず、私んちへおいでよ。すぐそこだから。足も靴も洗った方がいいと思うし。
それにあなた、この辺りのことあまり知らないんじゃない?」
「なんで分かったの?」
女の子は笑った。
「見れば分かるよー、だってオシャレだもん! 都会から来たんでしょ?」
「……オシャレ……?」
「うん! それに喋り方も違うし、雰囲気も違う。なんていうのかな? 白っぽくて、ひんやりしてて、シャープなの。
あ、ごめん。変なこと言って」
「ううん、全然変じゃないよ!」
野々子は最後の方の言葉をろくに聞きもせずに、“オシャレ”という言葉に酔いしれながらフォローを入れた。
(ハゲには『何色気付いてんだ』なんて馬鹿にされたけど、やっぱり分かるひとには分かるのね……。そうよ、ハゲなんかにこのセンスが分かるはずがないもの!)
「それじゃあ、お言葉に甘えさせて頂きます……」
気を良くした野々子は疑いもせずに、しずしずと女の子について行った。
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