[携帯モード] [URL送信]

要望部屋
短編「お前を愛しいと思う瞬間に全ての声を消す」
 



 あの日に見た愛しいアイツの綺麗な涙を、俺は一生忘れない。






 ‐お前への愛しさに、歪んだ歯車を噛み合わせる。






 ───…じゃあ、来れば。




 いつもそうだけど、夜になると声が聞きたくなって電話を掛けた。
 相変わらずな素っ気なさではあるもののそれすら愛しく思ってしまう俺は、結構重症だろう。
 言っても仕方ないことなのについ「会いたい」なんて言って、ああ困らせるなと思っていたら、素っ気ない声のままで、それでもどこか暖かいその音で、来れば、と言ってくれた愛しいアイツ。

 その気だるげな声も愛しくて、嬉しいという気持ちが大きくて、慌てて行くことを告げた。
 雨倉の家まで自転車で五分。
 慌てた気持ちのまま準備しようとして転んで、ちょっと冷静になった。

 お前のその些細な言葉でも、俺には大きいものなんだ。
 こんなダサイことするくらいに。
 その大きさを今まで見つけられなかった俺は、自分を馬鹿にすることしか出来ない。




 湿っぽい夏の匂いが遠くなってきた頃には、外は少し肌寒い。
 対策をする余裕もなく薄い長袖に薄いパーカーで自転車を回し、五分かかるのを二分で到着した。
 短い距離のはずなのに遠く感じてしまうのは、雨倉との距離のせいだろうか。
 体と心はどっちのが近いんだろう。

 言われずとも、考えずとも、心の方が遠いのを分かっているくせに。




 二階建ての一軒家にある駐車場は空いたまま、そこに自転車を停めた。
 雨倉の表札がついた家に居るのは、その子供だけ。
 いつか聞いた。
 母親は早くに他界して、父親は多忙で地方や海外への出張が多く高校生になってからは半年に一回会えれば良い方なんだと。
 特に海外の時は年に一回。正月に帰ってくるくらい。
 だから雨倉の家の一台分の駐車場はいつもぽっかりと空いたまま、雨倉は一人でここに住んでいる。
 父親に付いていく、という選択肢は本人には無かったらしい。
 振り込まれる生活費とバイト代で生活する雨倉は、もう独り暮らしに慣れている。
 いつでも雨倉は一人で居ようとする。



 インターフォンを鳴らして少し、玄関の鍵が開き扉がゆっくり開く。
 貼りつけたような無表情の雨倉は俺を一瞥してから小さく「どうぞ」と溢し、背中で扉を支えた。

 お邪魔します、と言いながら入り込むと扉は閉じられ、横をすり抜けてリビングへ向かう背中を靴を脱ぎながらも見つめる。



「…本当に来たんだ」
「ダメ?」
「べつに」



 嫌そうではないその声に、電話越しではない音に嬉しくなって頬が緩む。
 リビングの時計は10時を指していて、あんまり長居出来ないかなと寂しく思ってしまう。
 小さく細い背中から、雨倉から目が離せなくなる。

 キッチンに居た雨倉が、お茶の入ったコップを持ってきてそれを差し出してきて、礼を言って受け取った。
 リビングは最小限の電気だけで照らされ、自室に居たのかと思わせる。
 事実雨倉はそのまま「部屋に行く」と言って俺を促して電気を消した。


 静かな家に、静かな住人。
 妙に緊張してるのは、雨倉への罪悪感のせいだろうか。
 それでも愛しい人への想いは膨れ上がるばかりなんだけど。



「雨倉、」



 自室のベッドに座る雨倉の斜め前に膝立ちすると、無表情の中に揺らぐ瞳がはっきり見える。

 知りたい。
 ただ、雨倉を知りたい。
 その無表情のしたにあるのは何なのか。


 膝の間にあった力なく垂れる片手に触れると、一度その手が強ばって離しかけた。けれども左手は振り払う素振りはなく、雨倉はただ俺を見ている。

 今にも涙が流れてきそうなその目から視線が離れずに、両手で包み込んだ。

 暖かい。

 色んな欲求が出てきそうになって手に力を入れると、雨倉は俺から目をそらした。



「一人になろうとしないで」
「───…、」



 何かを考えて出た言葉じゃない。
 ただ雨倉を見ているといつも思い浮かんでいたもので、今まで言わなかった言葉だった。
 距離を取ろうとするのは何故か。
 素っ気ないくせに、向けてくる目は縋っているように見えるのは俺の願望からくる錯覚なのか。
 考えたって分からない。
 だったら、本人から聞けばいい。



「俺はもう、お前の気持ちも体も全部、置き去りになんてしない」
「……うそつき」
「嘘つきにはならないよ。俺はいつだって雨倉しか見えてない。ずっと、ずっと触りたくて、でも壊しちゃいそうで、自分の気持ちが大きすぎて怖かった」



 この気持ちがいつか雨倉を潰してしまうんじゃないか。
 収まりが利かないこの想いが、雨倉という人間を壊してしまいそうで、少しでも逃がしたくて、同じくらいで居たくて。



「…まあ、今さら言い訳なんだろうけど、でも俺は雨倉だけが好き」
「……、一人になれば、」



 俯いた目が手元を見ていて、その手が微かに震えているのを感じた。
 囁くような声に耳をすませる。



「…ひとりになれば、それに慣れたら、淋しい気持ちなんて知らずに済んだ」
「……、」
「お前が、……相馬が他人を抱いてたって、僕はお前に対する愛しさが消えなくて、怖くて、傷つきたくなくて、淋しくなりたくなくて、ただ、……ただ、怖かったんだ。好きだと思ってる誰かが離れていくのは」



 今まで雨倉は何かで傷付いて、母親を亡くして父親は遠くに行って、淋しさと闘ってきて、そして諦めたんだと知った。
 逃げることにしたんだ。淋しさから。
 誰かと関われば、好意を持てば、愛してしまえば、離れてしまった時の傷は大きい。
 それを何度も経験して、耐えることが出来なくなった雨倉は、真っ直ぐ愛することをやめた。
 素っ気なく、冷めているように振る舞い思い込ませて出来る限り傷をつけまいと、淋しいと思わないようにと、理性で押し付けた。
 そしていつしかそれが固まって、今の雨倉になった。
 昔はきっと、もっとキラキラしてたんだと。
 人を愛して、愛されて、受け入れて、受け止めて、寄り掛かって、ただ真っ直ぐに。



「雨倉、俺さ、もう抑えたりしない。たぶん鬱陶しくなるかもしんないけど、全部雨倉にぶつけることにする」
「……意味わかんない」
「愛しいって気持ちをさ。…今まで壊したくなくて他人を使って流してたけど、もう必要ないし、雨倉がそれで安心してくれんなら、迷うのやめた」



 だから、愛されてみなよ。


 ゆっくりと顔を上げて、視線が交わった瞬間に流れた涙は、いつか見たものより綺麗に見えた。
 包み込んで離さないように、この手をもう逃がさないように。



 綺麗に微笑んだ雨倉と、誓いのキスをしよう。



END

[*前][次#]

3/4ページ

[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!