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要望部屋
中編「Refract」 長文注意



 ───いつだか、恋愛を、恋を愛を麻薬だと思っていた以前の自分にその認識は間違いではなかったと言いたくなった。
 ある種の毒である事は強ち間違いではないのだと。

 与えられるそれが自分にとって甘い毒になるような、そんな錯覚。






 Refract ‐realize‐ 後日談(甘)






 微睡みの中で目を開くと至近距離に見慣れた寝顔が映る。
 少し顔を上げれば鼻が触れるほどに近いが、いつもの事なので温もりを求めるように鎖骨辺りに刷り寄った。
 同時に腰に回っていた無骨な手に力が入り更に密着する。

 今日は休みだからまだ寝ていようとは思っているが、いかんせん寝入らない。
 これはよくあることだ。
 心地よい微睡みの中で温もりを確かに感じている瞬間が惜しいと思う。このままこの穏やかな時間が続けば良いと。まあ、いつまでも寝ているわけにはいかないのだけれど。


 槙野の寝息を聞きながら互いの無意識な行動に頬が緩む。
 いつからこうなったのだろうと考えても、もしかしたら初めからだったかもしれないと至る。

 ここに部屋を移してから、宛がわれている自室のベッドは一度も使っていない。
 寮に備えられているベッドはカスタマイズ出来るが、成長期を考えてどの部屋もベッドの大きさがダブルサイズなために二人並んでも少し余裕がある。
 それが理由というわけではないが、一番の理由は槙野と一緒だと不思議なくらいに眠れるのだ。
 寝付きが悪く、熟睡も出来なかった今までが嘘みたいにすんなりと落ちていく。
 それに慣れてしまえば今さら別々に眠ろうとは思えない。

 槙野の部屋で槙野が使っているベッドだからか、と一度ひとりで寝転がってみたことがあるけれど、心許無くて結局眠れず、逆に槙野と一緒にソファに座っていると眠くなって気付くと寝ている事がある。
 その事実に、槙野がいるからかとその時に確信してそれを伝えたら、本人は驚き赤面しながらも「別々に寝る必要ない」と言った。
 確かに理由はないのだから良いかと、相変わらずこうして共に眠っている。


 自分の中で変わった事は、その理由に必ず槙野がいる。
 喜ばしい事なのだろう。
 だからこそ、心地よいのだ。



「───…さく、」



 掠れた声がして見上げると、薄く開いた双眼がそこにある。
 起きて第一声が毎回自分の名であることは毎度の事ながら不思議だ。



「起きたか」
「……んー…」



 まだ寝ていたいのか唸っただけで目を閉じ、抱き枕のように包み込まれて頭に槙野が顔を寄せる。
 寝惚けている槙野は普段が普段なせいか可愛く見えてしまうのは気のせいなのだろうか。
 しばらくその体制のまま黙ってしまったため、寝たのかと思っていると。



「……起きる…はよ」
「ああ、おはよう」



 一度抱き締められている腕に力が入り、それからゆっくり離れていった。
 互いの隙間に入り込む空気に少し寂しく思う自分がなんだかむず痒い。
 毎日同じことをしているのにな、とは思っていてもその時はその時なのだという意識だからだろうか。


 ベッドに起き上がると、隣で体を伸ばしていた槙野が俺を見て笑った。正確には俺の頭を見て、だけれど。



「寝癖ついてんぞ」
「お互い様だ」



 槙野の笑みにつられて頬が緩み、互いに互いの寝癖を撫でたが直らなかった。
 顔を洗うついでに直そうという話しになり、二人で洗面所へ入り、どこが跳ねてるだのどこが直ってないだのと言い合いながら笑う。

 昔のように笑えなくても、今は今で自分がちゃんと笑えていることを知る。
 誰かが言っていたように、確かにもう以前の自分が消えて別の自分になってしまったのだと、けれどその今が楽で悪くないと思えることが不思議と自分が本当はこういう人間なのではないかと感じさせた。



 時計を見たら昼に近かったが、軽く朝食を摂ってからなにをするでもなくコーヒーを手にソファに移動し、食後の煙草に火を点ける姿を見つめる。
 煙でしかめ面になる姿は他人からすれば恐いのかもしれないが、俺からすれば恐いというよりも別の、なんというのか、好きだなと思える表情だ。


 好き、という表現にさまざまな感情を乗せると意味が異なる事は分かっている。
 だからこそ自分の槙野に対するそれがどんな意味を持っているのかを最近よく考えるようになった。

 槙野に対する事や関すること、それらについて考えることが増えて、退院してから波が立たなくなっていた自分の内側に確かな変化を感じる。
 なぜ槙野に対してだけなのかは分からないけれど、それが分かった時に、最近考えている「意味」についても分かると思った。
 この瞬間が少しでも長く続けば良いと。



「なに見てんだ」
「ダメか」
「気になんだよ」



 じっくり見ながら考えていたから気付かなかったが、既にタバコは消されていて。
 槙野は怒っているわけではないがどこか気まずそうに見える。



「なに考えてた?」



 ソファの背凭れに体重を乗せた槙野は少し笑ってそう言った。
 なにを、と聞かれると上手く説明が浮かばず、こちらに向けられる双眼を見返したまま首をかしげる。
 いや、説明というより、そのまま言えば良いだろうか。



「…お前に対する好きはどんな種類なのかと、最近よく考える」
「ッ、ごほ…っ!」



 言うと槙野は突然噎せて、俺に背中を向けてそのまま止まってしまった。
 とりあえず背中を擦ってはみたが一瞬反応しただけでやはり背けたまま。

 しばらくそれが続いて槙野がゆっくりと背中を背凭れに預ける体制に戻す。その顔は赤かった。
 こちらを一瞥した後溜め息をついたため、大丈夫か、と声をかけると槙野は更に深く溜め息を吐いた。



「お前…結構天然だよな…」
「?、いや、それはないと思うが」
「……、まあ…自覚はないって言うしな…。それより、好きの種類ってなんだよ」



 呆れた顔のままで言った槙野を見て少し考えてみる。
 好きの種類。

 趣味や飲食物、装飾、色、人の仕草、言葉、声。
 好みというのは、それぞれに種類があると思っている。
 親愛または友愛、恋愛、それこそ狂気や盲目的な愛でも、色というものがある。
 あの時学園で一部の生徒が平川真澄に抱いていた愛情や、誰かに抱く興味ですらもそれは愛情に含まれる。
 構う、気にする、興味を持つ。
 憎悪や嫌悪ですらも、それは興味。
 人間の感情の土台が愛情ならばそれは全て歪んでいても一部の情。
 俺が槙野に抱くそれは、一体どんな色なのか。

 友人、という感覚ではない。
 もっと深いところでありたいと思うのは、親愛だろうか。



 辿々しいながらも独り言のように考えをそのまま声にすると、槙野は静かにそれを聞いている。

 ───俺は恋愛の感覚がいまいち理解できていない。
 目の前で見ていた平川たちの姿は、俺にとって恋愛の固定観念を混乱させる威力があったように思える。
 平川たちのせい、というには安直で、自分の弱さが意思を揺らがせただけなのかもしれない。
 今までどんな印象を持っていて、どんな理解をしていたのかはもう忘れてしまったからこそ分からないのだ。



「……例えば、」



 槙野の声がして、伏せていた視線が上がる。真っ直ぐにこっちを見ている目とぶつかり視界の端で槙野の手がこちらに向けられるのに視線を向けた。



「俺はお前にいつだって触れたいし、側にいたいし、大切だと思ってる。共有したい事は気持ち悪いくらいあって、他人にそうは思わない」



 もし、他人と仲良く話そうものなら嫉妬するし、自分だけを見て意識してほしい、興味を全部持っていきたい。
 離したくないし離れたくない、死ぬ時まで傍に居たいと思う。



「まあ…極端に言っちまえば、俺はお前に欲情する」
「……欲情、」



 物を欲するという欲心と、肉体的な色欲。色欲は一般的に異性間で抱く欲望。
 それを槙野は俺に抱く。



「俺はお前を好きだけど、正直、好きっていう可愛らしい表現じゃ足りない」
「足りない?」
「好きっつーのは前提として当たり前にあって、それ以上にお前が大切だし、なんつーか、こう、もっと重いんだよ」



 自らの掌を見つめ眉を寄せる槙野は、言い方が浮かばない、とそのまま少し笑った。


 けれど俺は理解をしていた。
 槙野が言いたいことを、その言い方が浮かばない意味も、言った言葉も。
 触れたい、近くに居たい、共有したい、当たり前に一緒にいて、当たり前に見たものや聞いたことや思ったことなどが少しでも同じでありたいと思うのは、俺が槙野に抱くのは、猛毒のような愛であるのかもしれない。

 目の先にある大きい手に触れると、驚いたように強張ったがすぐに力が抜けていくのが分かる。
 喧嘩慣れしたゴツゴツした手は、けれども綺麗なそれで、親指で手の甲を撫でればさらりとしている。

 少しの間撫でていると手が動いて指が絡み、掌が合わさった。
 この温もりが心地よくて、触れている間はその感覚だけに集中する。



「…お前の思う好きってのが何なのか、答えは出たのか?」



 柔らかさを含んだ声に顔を上げると、甘い目が、表情が、まるごと包み込むように俺を見ている。



「───…あぁ、そうだな」



 これはきっと共有だ。

 吸い込まれるように顔を寄せて、腰に手が回るのを感じながら唇を合わせた。

 このまま、この距離を守っていくことは俺にとって確かに幸福で、そして槙野にとっても同じであることを疑わない。


 互いにだけ作用する猛毒。
 そして互いにだけ効く解毒。
 繰り返して、満たされていって、いつか交わっていくような。
 それなくして生きていけなくなるわけではないが、大きな何かを失って動けなくはなるかもしれない。正常な判断が出来なくなるかもしれない。
 それでも、それだからこそ、手離せない麻薬のようだと。

 深くまで落ちてしまえば、互いに共有を深めてしまえばきっとそんな感覚になってしまうのだろう。




 ───同性愛は罪だと言う人がいる。
 けれども落ちてしまえば罪だろうが何だろうが関係なく思えた。
 誰かに認めて貰わなくていい。互いだけの理解でいい。
 間違い、なのだと言われるのは、ただ子孫繁栄が出来ないというただひとつのこの世界の為だけの言い訳なのかもしれない。
 これが嘘だと言うのなら、この愛が嘘だと言うのなら、いつか互いを愛さなくなり子孫にだけ愛をという固定観念こそ、嘘になるように思えた。
 ただそのためだけの愛なのかと。
 すべてを否定することはない。
 それが当たり前にある幸福だということにも間違いはない。
 気持ちが変わると言うことは人間だからこそあるものだ。
 その時確かに愛があったのだと。


 けれどだからこそ、二人だけの愛は、それを突き通した時、確かに本物であると。
 それが異性であろうと同性であろうと変わりはないと、俺は思う。



「卒業したら、どこに住もうか」
「はっ、相変わらずぶっ飛んでんな。───…喧しくねぇとこがいい」



 深く、深く、繋がっていたい。
 そう思ったこれが、きっと全ての答えだ。



END
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