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中編
08
 



 気のせいであるほうが良いのは確かなのに、ふと目線を流せば目が合ってしまうので緊張が抜けない。
 それを察したのか、御主人が「お前あんま見てやんなよ」と彼に声を掛けた。



「普段あんま客来ないのに、若い客って珍しいじゃん」
「不躾に見るもんじゃないだろう」
「ねえ、あんたどっから来たの」
「人の話を聞かんかい」



 彼の自分に対する興味が全身から伝わってきて、純粋な質問に戸惑う。けれど老夫婦が親しくしているのに態度を悪くするのも嫌で、「東京から」と言えば「観光地でもないのに」とかき氷屋の店主と同じことを返された。



「観光地は地元の方以外も多いので」
「ふーん…、都会の喧騒に疲れたってやつ?」
「どうでしょうね」



 そういう人が訪れた事もあったのか彼は俺の滞在理由を予想したが、いつものように流して曖昧に笑った。
 その答えが不満だったらしく少しだけ目を細めた彼は、目の前にあったグラスを取り口をつける。



「さっきからお前さんは…人様の事情をそう探り回るもんじゃないよ」
「前に居たじゃん、サラリーマンみたいなお客さん」



 御主人に注意されるも気にする様子もなく、彼は以前の客の話を持ち出した。前に、とは言うがそう昔のことでもないようで、彼は思い出しているのか目線を斜め上に流して口を開く。



「居心地良いからって暫く居たけど、結局都会の喧騒が恋しくなったとか言って帰ったよな」
「まあ、人それぞれだから。慣れた場所が恋しくなるのも仕方ないさね」
「都会の人間からすりゃ息抜きにはイイかもしんねぇけど、田舎じゃ不便なんだろ」
「晃や、そりゃ言い過ぎだわな。こっちに慣れた人間が向こう行っても不満に思う事もあらぁ、お前さんそうだったろうがよ」
「……そーっすね」



 晃、と呼ばれた彼は雰囲気が悪くなりそうな言葉を平然と吐いたのでひやりとしたが、御主人は慣れているのか変わらない声で軽く咎めて豪快に笑った。

 どちらの言葉も同意出来てしまう今の自分は、しかしやっぱり長くいれば向こうが恋しくなってしまうのだろうかと考えて気分が落ちてしまう。


 今はまだ、あの毒を酸素に出来る気がしない。



「あんた歳は、成人してんの?」



 テーブルに片腕をかけ、彼が座っているからか見上げられて僅かに肩が上がる。
 お前は聞いてばっかだなと御主人が呆れているも、彼の性格をよく知っているのか止める事もやめていた。

 止めても聞かなそうだし、曖昧にしたらしつこそうだなと素直に「19です」と答えると、彼は「えっ」と声を上げて驚いた。けれど地元でも初対面の人に年齢を伝えると同じ反応をされるので慣れている。



「俺の二個下じゃん。年上か同じくらいだと思ってた」
「そりゃそうだわな、わしも年齢聞いた時は驚いたわ。都会じゃみんな大人びているっちゅうのは聞くけどなあ」
「そんなことないです」



 大人びて見せているだけで中身が伴っていない人間は沢山いる。背伸びをしようとも結局はつま先立ち状態で、気を抜けば背伸びをしたその分の偽りは簡単に崩れて戻ってしまう。

 最近は背伸びをする年齢が低くなって、小学生でも大人と同じように比べたがりつま先立ちをしては、現実を受け入れられずに駄々を捏ね、都合よく子供に戻る。
 けれども大人であっても都合で左右されるのだから、子供と大人の境界は曖昧で、大人が何なのかを見失う。



 

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あきゅろす。
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