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中編
06
 


 トオルにとって康之は自分と唯一関わる事の出来る相手だ。故に色々な期待を抱いてしまうのは仕方ないと康之も思っていたし、人懐っこい性格で寂しがりな面があるトオルが触れ合いを求めるのもまた理解出来たからこそ、彼の行為に拒絶的ではなかった。風呂覗きは別として。

 それでも今まで触れない事実を実感しても笑って諦めている風に装ってきたのは、受け入れてしまったら自分が崩れて波が荒れる影響で康之を傷付けてしまうのを懸念しているようだった。

 隣でぼんやりと液晶画面を見つめるトオルを横目で眺めた康之は、端整な横顔から目をそらして気付かれないように溜め息を吐いた。



「……俺は諦めが早いからな」
「そんなの分かんないじゃん、諦めた後に本当は出来た事に気が付いて後悔したくないし」



 確かにそれはそうだ。
 いつ出来るかも分からずに、けれど出来ると信じて向かっていけば叶う事は多いし、諦めてから後々気付いて手遅れだった事も少なくない。
 しかしそれはいつも大した事柄ではないし生活が脅かされるものでもなかったものだから、康之の諦めの早さや無頓着な性格は主に恋愛関係での人付き合いにおいて良くない結果を招き続けている。



「だからすぐフラれるんだよ康之さん。好きだから付き合うのにさ、いっつも好きかどうか疑われてんじゃん」
「うっさい。嬉しそうに言うな」
「そんなことないよー。 好きならもっと分かりやすく伝えないとさあ」



 いつの間にか康之に触りたいというトオルの願いから恋愛の助言に変わった話に、つい最近まで交際していた相手にこの部屋でフラれた事を突っ込まれた康之は眉を寄せて隣の男を睨む。
 しかしトオルは意に介さずヘラリと笑って、恋愛が下手くそな康之に対し無い眼鏡を持ち上げる仕草で返した。



「ハイハイそーですね」
「ざっつ(雑)!」



 どや顔のトオルから目をそらして雑に返事をしながら立ち上がった康之は空になったマグカップを洗いにキッチン向かい、その背中へ呆れたようにトオルは言葉を投げた。

 時計の短針はもうすぐ23時を指そうとしている。
 適当に洗い物を済ませて洗面所で歯を磨いた後、後ろを付いてくるトオルに振り返った康之は「もう寝る」と言ってテレビを消した。



「おやすみ、康之さん」
「……おやすみ」



 電気を消して布団に潜ると、頬の辺りに冷気を感じた。
 触ることは出来ないし普段は何も感じないけれど、いつも寝る前や起きた時に微かに分かるそれは、触れられない事を知っても尚康之の頬に手をかざすトオルのほんの僅かな気配だった。

 街灯で薄暗い部屋の中でも半透明に見えるトオルの表情は、いつも穏やかに笑みを浮かべている。
 寂しいくせに、今日も康之と会話が出来たことを純粋に喜んでいる。トオルは感情が分かりやすい男だ。



 ───好きなら分かりやすく伝えないと。



 そう言った言葉が脳裏に浮かんで、康之は目を閉じた。
 トオルは分かりやすい。
 触れたい、と願う理由を康之は分かっていたし、その気持ちがどういう種類なのかも知っていた。知った所でどうにもならないという事も。
 だからこそ、その想いに気付かないふりをしなければならない。そして同時に自分の心の一部にも蓋をしなければならない。

 この10年でいつの間にか芽生えてしまった愛着とは別の感情は、トオルのように希望を抱き続けられるものではなかった。康之にとってそれは、今まで通り早々に諦めて切り捨てるに限るものだ。
 こんなものは同性愛よりも報われない。
 "場"に縛り付けられた半透明の存在に恋愛感情なんて、報われる事のないただの苦痛でしかなかった。



 


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あきゅろす。
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