中編
◆仮面の下に隠した肌は過去の塊だと思うのです。
出勤して顔をあわせてすぐに、上司に合同会議の同席を頼まれた。今回の企画に携わる担当社員のひとりであるし、合同会議に一人付き添いをつけることは知っていたから特に異論も疑問もなく頷いたけれど。
まさか当日に言われるとは思わなかった。
「第一会議室借りてやるから、必要資料まとめておいてくれる?」
「承知しました。うちで行うのですね」
「うん。資料の用意はこっちが受け持ったし、色々楽だから」
「後者が本音でしょう」
「ばれたか」
肩をすくめて笑う佐久間課長に微笑み自分のデスクに戻ると、相手方に用意する資料に漏れがないがないか確認してそれを二部、クリップで止める。
合同企画をするT社は、課長が入る前から懇意にしていて、よく合同企画を行っているそうだ。佐久間課長の上司だった方も合同企画を担当していて引き継ぎには最優先で伝えられる、なんだか伝統のようなものだと思った。
そんな企画に参加出来る事は、暗に仕事が出来ることを認められたようなものらしい。
大学を卒業後入社して四年、同時期に課長になった佐久間課長直々に一番近い社員と称していただいて、その期待に添えるよう努力してきた結果のように今回の企画参加を言い渡された。
それはとても喜ばしくもかなりプレッシャーのあるものであったけれど、やりがいを感じるのも確かで。
仕事熱心で厳しい佐久間課長だからこそ、右腕のように扱われる事に異論を唱える社員はいなかった。
まあ、心でどう思っているかはさておいて、勤めている同じ部署の社員は皆とても良い人たちだから、邪険にされることもない。
午後からの会議に合わせ、昼食を早めに済ませてから資料を手に第一会議室に向かう。
会社には、少人数から大人数まで対応出来る広さの異なる会議室が五つある。階数は違うが、一番広い第五会議室に至っては一階分のフロアぶち抜きで二百名は余裕で収まるほど広い。
それに比べたら第一会議室は十畳ほどで、ソファとテーブルを置いてしまえば少しの余裕だけで随分と狭く感じてしまう。
それに給湯室は会議室の隣にあるので、わざわざ一度会議室から出ていくという手間がある。
だからあまり使う事はないし、伴って社員もあまり通らなかったりする。
T社と会議をする時はほとんど四人らしく、最近ではT社との専用会議室みたいになっている、と佐久間課長は笑っていたけれど。
クリップで纏めた資料を四部、テーブルに揃えて置き、先方が来るまで給湯室でお茶の用意でもしておこうと会議室を出た。
「───須藤君、T社の方がみえたから、」
「ええ、お茶をお持ちします」
給湯室のドアを開けて顔を覗かせた佐久間課長に返し、盆を持って共に会議室へと入っていく。
「どうもお待たせして」
「あぁ、いえお構い無、く」
「───失礼いたします、…お茶を」
「……どうも」
「……」
佐久間課長の背中がずれて視界に入ったその姿に、俺はつい先日の鮮明な夢をまた思い出してしまった。
一瞬見開かれた目はすぐさま何ともないように戻り、ソファから立ち上がっていた二人の前に来客用の茶碗を置くと、やはり完璧には戻せなかったのか戸惑ったような礼が返ってくるだけだった。
「どうぞ楽にして。お掛けください」
「あ、あぁ、はい」
佐久間課長の言葉に二人が座り、佐久間課長がソファに腰掛けるのとほぼ同時に腰をおろした。
課長からなんの疑問も投げ掛けられないとなれば、俺は今外面はいつも通りだ。動揺はしたものの、なんの問題もない。
この、今にも逃げ出したくなるような荒んだ心情は誰にも悟られていない。
大丈夫。大丈夫。
これから企画が終わるまでしばらく続くだろう合同会議だって、いつも通りやっていける。
十年前の淡い片想いなんて、今はもう関係ないのだから。
頭の中でそう言い聞かせ、俺は完全に仕事の仮面をきっちりと整えて佐久間課長の声に耳を傾けた。
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