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中編

 


 楓は珈琲にミルクを垂らして緩慢にスプーンで円を描きながら、「とは言ってもね」と穏やかな笑みを浮かべる。


「応えてあげないと、透司くん泣いちゃうよ」
「……」


 透司が泣く、という言葉は康之にとってかなりの効力がある。
 三十路の男が泣くからと言って、それは一般的になんの武器にもならないものだが、想い人の哀愁ある涙というのはいくつになっても「相手」には効果があるものだ。

 強制力が好きではない楓でも、今回の件に関しては康之が二の足を踏み喧嘩の種になり得るものなら、未然が望ましい。


「そういえば、性的な興奮があるなら処理はどうしてるの?」
「……楓君、直球が晃に似てきたな」
「影響されやすいのかも」


 なんの恥じらいも躊躇いもなく問われた言葉に、楓よりも経験豊富なはずの康之の方が困惑していた。
 楓の恋人である晃は、空気は読むが恥ずかしげもなく直球で疑問をぶつけるタイプである。曰く、そういう質問は遠回しにすると話が混乱しやすいのだと。


「で、どうしてるの?」
「……寝たあととか、風呂に入っている時だな」
「病気でもない恋人が同じ家に居るのに自慰って虚しくない?」
「終わったあとはかなり打ち沈む」


 それはそうだろう、と楓は短く息を吐いて、思い出しているのか悲愁を漂わせる康之を見遣る。


「すぐには出来ないかもしれないけど、耐えるのはやめて自分に素直になろう?」
「……努力する」
「とりあえず今日は、ここのケーキでもお土産にしよ」
「ああ、」


 午後6時頃でもすっかり暗くなった外を見て、二人は話を切り上げた。
 喫茶店は洋菓子屋を併設している。ここのケーキは透司も好きなので、たまに買って帰ると大層喜ぶのだ。

 康之は相談に乗ってくれたお礼に、と珈琲代に追加して楓にも持ち帰りのケーキを購入した。
 別れ際、楓はマフラーを口元まで引き上げながら「焦っちゃダメだよ」と言って、康之とは反対方向へと足を向けたのだった。












 ───それから半月ほど経った今、やはり康之は未だ透司に手を出していないし、透司も誘惑を続けていた。
 すっかり落ち込んだ様子の透司を何とか慰めようとする晃だが、なかなか上手くはいかないようで手を拱いて唸っている。

 はあ、と溜め息ひとつ、楓は携帯端末を取り出して静かなカメラを起動した。
 半泣きの透司だけをアップで撮影し、メッセージアプリで康之に画像だけを送り付け、素知らぬ顔で脇に置いた鞄へと落とす。
 康之の仕事が終わるまで、あと一時間ほどである。


「透司くん、これからちょっと付き合ってくれないかな?」


 呼ばれて顔を上げた透司に、楓は綺麗な笑みを向けた。隣でそれを見ていた恋人が何か言いたそうだったが、そこは抜け目なく笑みを向けただけで黙らせた。
 普段穏やかで積極性はあまりない楓だが、やるときはやる男である。


「行きたいとこ?」
「うん。ゲームセンター」
「へ?」
「…楓さん?」


 行こうか、と言った楓に、素早く伝票を取って席を立ち上がった晃はさっさとレジに向かった。
 こういう空気の読み方は流石だな、とその背中に感心し、楓は戸惑う透司の手を取った。


「ちょっと遊ぼう」
「え、うん…?」


 素直に頷く透司に、愛しさを感じながらも、楓は鞄の中で何度か振動する携帯の通知を確認する気も、康之の帰宅に合わせて透司を帰す気も更々なかった。
 同時に晃にも通知は来ていたが、楓の考えを察していた彼もまた、心の中で謝罪したものの通知を見るだけでポケットへそっと戻したのだった。


 


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