中編
4
役職者である生徒たちは皆、己の立場も弁えずに転入生が誰かに奪われることを恐れ、何かにつけて共に行動するようにした。
そこで煩わしくなるのが、役職者故に与えられる多くの事務作業や雑用である。
自主性だ何だと学園側は、生徒が主催の行事などの予算や内容など、最重要事項以外のその他の業務を生徒会と風紀にそれぞれ依託している。
伴って、イベント前後は忙しくなる。
その時期は、役職者特権である授業免除の申請がよく出されるのだが、自分が役職の仕事をしていたら、転入生と一緒に居られないうえに他所のヤツに奪われてしまうかもしれない───という幼稚な理由で、生徒会役員たちは揃って自らの仕事を生徒会長である朔に丸投げしたのである。
頼んだわけではない。ただ放棄した。しかし会長はそれを自ら処理をするようになると彼らは信じて疑わなかった。
生徒会長の実力やカリスマ性を、役員たちは認めている。生徒の上に立ち、共に歩くことを誇りにすら思えるくらいに。
けれど同時に、彼らは危惧した。
転入生が会長に恋をしてしまったら。会長も転入生に気持ちを向けてしまったら。それこそ負け戦ではないかと。
家柄など意識できなくなるほど、小野宮朔の存在はとんでもなく大きかったのだ。
だからこそ、彼らは放棄した。
愚かに浅はかに、会長へと仕事を丸投げし、そこへ閉じ込めてしまおうと。
「あの会長に限って、支障が出ることはないだろう」と、彼らは思い込んでいた。そして万が一支障が出るようなら、それこそ多勢に無勢と責任転嫁をしてしまえばいいのだと、彼らはその盲目さで、悪となった。
一月経とうと二月経とうと、生徒会業務に支障が見えないからこそ、その悪に気付くこともなく、彼らは何も疑わず、転入生について回った。
───そんな中で、遂に生徒会長が倒れたのは、文化祭が終わった直後である。
高等部の全生徒の前で、自らが告げた終了の合図と共に、電源を切ったかのように突然流れるように身を崩した彼はすぐさま病院へ運ばれ、約3日のあいだ目を覚まさなかった。
学園は混乱した。
例外なく、戸惑いや悲しみ、事実を疑い、けれど彼の姿が見えないことで、彼らはそれを事実と理解し、その原因を探したが、それは探す必要などなくすぐ目の前にあったのだ。
荒れた生徒室。長期間起動されていないパソコン。動いていたのは会長のものだけで、そのデスクには本来会長がやるべきものではない内容の書類までが積み重なり、ギリギリのラインで処理されていた。
それは当時の三年生に向けた卒業式送別会までの書類処理が終わった所で途切れていた。
生徒たちは、日に日にやつれていく会長を見ていた。食事だけでもと声をかけると、けれど笑顔で「忙しいからまた今度でいいか」と会長は答えた。
生徒会長は笑顔だった。生徒の前ではつねに、今までと変わらない生徒会長だった。
それが、生徒たちに錯覚させたのだ。
そして、転入生の周りに常にいる生徒会役員や風紀委員。
原因は、すぐ目の前にいて、悠々自適に恋愛の争奪戦を繰り広げていたのだ。
生徒たちは失望した。
職を全うせず、授業にも出ず、ただ転入生に付き従うだけの役員に。権力を振りかざし、他の生徒を見下す彼らに。
何も気付かずにただ転入生を敵視していた自分達に。
会長を見捨てたも同然の、学園全てに。
けれどもそれは、もう手遅れだった。
小野宮朔は、学園理事の決定と同意により辞職したが、彼は生徒会役員もそれ以外の役職者も、役員から除籍することを拒んだ。
自らの犯した過ちは自らの手で責任を持って償うべきだと、彼らを直接責めることなく、役員で居続けることを理事に告げた。
学園生徒はその決定に抗議した。
けれどそれは、変わることなく突き通された。
自分達がなにをして、そして何をするべきなのか。
彼は役員たちを、役職に縛り付けることを決めたのだ。過ちから目をそらさないように。
そして、小野宮たちが三年になった現在、生徒会は会長不在のまま、生徒会として活動している。
他の役職者も、以前のようにはいかない拙さで、しかし必死に自らの過ちと向き合っている。
転入生は退学にはならず、学園で卒業まで過ごすことになった。彼はそれまでの騒がしさなど嘘のように、ただひとり、俯いたままの生活を続けている。
そして、小野宮朔は、以前の面影をまったく消して、学園に戻ってきた。ただのいち生徒として。
無表情の仮面を張り付け、色のない声で、ただぼんやりと。
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