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中編
◆さよなら片想い。
 


 ───通い慣れた学校の校舎を背にして、校庭の端に植えられている満開の桜の木を見た。ここで迎えた三度目の春だった。



 革製の筒を片手に歩いて辿り着いたのは、今は人気のない校庭の隅。
 騒がしさからも、同じ革製の筒を持つ同級生とは共有出来ない痛みからも逃れるように、ただ何も考えずに足を運んだ、広くも狭くもない中学校の校庭。

 心の中の痛みと自嘲と虚しさを覆い隠してしまうように咲く、特に立派な一本の桜が数メートル先にある。
 暖かいようで、どこか突き放すようなその雰囲気が好きだった。特有の桃色が風に揺らされて花弁を散らす。まるで涙のように、さらさらと呆気なく地に落ちる。
 感傷に浸っているからだろうか、と思わず笑った。泣けない自分の変わりに泣いてもらおう、と勝手に桜に託して。


 小学校から中学校への進学は、大抵地域ごとに決まっていたからか小学校で一緒だった奴らを丸々中学校に移したようなものだった。
 だけどこれから先は違う。
 未来を夢見て、その夢を叶えるための一歩を進む為の道を選ぶ。

 大概の女子は、仲良くしていた友達と離れ離れになるという事で何の躊躇いもなく泣いて。それでも一生の別れではないと分かっているからなのか、すぐにその表情を変えるんだ。器用だな、とつくづく思う。
 引き換え男子はさっぱりだ。どちらかといえばこういう時、男は現実的のような気がする。

 だからこそ余計、自分の女々しさに溜め息が出る。
 抱え込んだまま無くならずに心を蝕む気持ちを少しも吐き出すことなく時間は過ぎて、気づけば三年経っていた。
 恋焦がれ、勝手に一方的な想いに振り回され、勝手に傷付き、勝手に舞い上がり、嫉妬して、泣いた。
 一般的に受け入れられないような、普通じゃない恋だった。
 ただ性別が同じというだけで、目の前に立ちはだかる壁はとてつもない高さで分厚くて、そして冷たいものになる。男女の障害が軽く思えてしまうほど、それは残酷に見えた。

 それを分かっていたから、その障害に立ち向かう勇気も覚悟もなかったし、この気持ちがそこまで深くなかったんだと、学年が上がるにつれ年齢が上がるにつれ自覚して。
 けれど、その時この心を埋め尽くしていた気持ちは、この体から溢れるんじゃないかと思うくらいに強く、多く、濃いものだった。
 だけど。
 きっと高校、大学と進学して新たな人間関係を築いて、更に働くようになればまたそこで人間関係を築いて、範囲を広げて経験を積み重ねていくうち、自分が抱いている今のこの想いはちっぽけなものになっているんだろう。
 あの人のことなど何とも思わなくなって、いつしか記憶の片隅に押しやられて、そしていつの間にか消えて。同窓会だかなんだかで再会した時には、そんな想いがあったことも忘れるんだろうか。


 誰にも気づかれないまま、知られないままこの想いは消える。


 だから、今だけ。
 今だけ浸らせてくれ。この溢れんばかりの想いと痛みを涙で浸して、流してしまえるように。

 さよなら、想い人。
 時間の波にのせてアンタを忘れるよ。
 あどけない笑顔と優しい声と豊かな表情と真っ直ぐな言葉に引き寄せられた事も、その気持ちを無邪気な笑顔に包んで隠してきた自分自身も。




 目を閉じて、すう、と息を吸い込んでゆっくり吐き出して、瞼を開く。
 そして風にのって届いた呼び声に、踵を返した。


 


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