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中編
2
 


 布団をよけて起き上がると同時、部屋のドアが開かれて槙野が顔を出した。



「起きたか」
「……はやいな」
「ああ、朝っぱらから呼び出し」
「そう」



 槙野はいつも早く起きる。最初は慣れないせいかと思っていたら、朝早く呼び出される事があるせいで早起きになってしまったらしい。


 最近、ほとんど槙野の部屋に居る。
 槙野もそれを当たり前のように思っていて、互いに用事がない限り、自分の部屋で朝を迎えることはない。


 居間にいくとコーヒーの香りが鼻を刺激する。ソファに座るとマグカップを手渡され、中で黒い液体が揺らぐ。
 登校時間にはかなりの余裕がある。
 二人でソファに座り、コーヒーを飲む。そんな緩やかな雰囲気が心地よい。


 朝はぼんやりとしている時間が長くて朝食はあまり食べなかったが、槙野の部屋で過ごすようになってから、毎朝少しは食べるようになった。
 部屋着のままソファからダイニングテーブルに移動して、用意してくれていたトーストされたパンにかじりつく。
 テーブルの向かいで同じようにパンを頬張る槙野は、すでにシャツとスラックス姿になっている。出掛けに着替えたのだろう。

 朝食を終えてコーヒーを飲みながら、食後の煙草を吸うそれを見つめる。それは最近の習慣の一部になっていた。
 それから俺は着替えと荷物を取りに自室に戻る、というのが定着しつつある。
 一式置いていけば、といつだか槙野は言ったが、鞄などの荷物を取りに行くついでだからと返した。


 槙野に笑いながら「もうここに移れば」と冗談染みた声で言われ、なんとなく「悪くないな」と言うと意外そうな顔をしていた。少しおかしかった。


 互いにクラスが違うため、着替えに戻って登校すると殆ど会わない。
 たまにすれ違うことはあるけれど互いに目をあわせるだけで言葉は交わさない。
 それでも、昼休みは槙野の部屋で一緒に作った昼食をとり、槙野の吸う煙草を見つめる。
 古い階段で交わされていたそれも、もう室内に変わって固定されている。

 互いにそれが当たり前のようになっていた。
 隠している気はないが、隠れているようには思えた。が、どちらになろうと特に支障はないので、日常は変わらない。



 教室では最近、文也がつねに不安そうな目をしている。俺が部屋に居ないからとは言うが、以前から文也はあまり部屋には来ない。
 引きこもりになっていたのに突然出掛けが増えたからだろうが、時折風紀に呼ばれては委員長の愚痴に付き合わされていることを知っているからそう思っているのかもしれない。けれどどこに居るのか聞きたそうな雰囲気はあった。ただはっきりと言葉にはしない。





 変わったあとに更に変化していくもの。
 すれ違う度に、生徒会役員は痛々しいものを見るような泣きそうな顔をする。
 けれど俺はなにもしないし、なにも出来ないけれど。



「───今日も必死こいてデスクにかじりついたりしてたが、授業と仕事で精一杯って感じだな。お前の実力がよく分かるが、アレ見てると嫌味言いたくなる」

「……そうか」



 風紀委員長はソファにふんぞり返って深く息を吐き出した。
 どうやら疲れているらしい。
 転入生関連の仕事は無いに等しいが、生徒が起こす揉め事や事件は変わらず発生する。
 その殆どが一年生で、去年のことなど知らないのだから問題を起こすのは殆どが一年生らしい。
 去年のことを周知だから問題を起こさない、とは限らないが、やはり関係はあるのだと委員長は言う。
 そして委員長は、今の一年は手がかかる、とため息混じりに言った。


 休み時間に現れた風紀委員に謝罪されながら風紀室へ連行されたが、やはりこの男は愚痴を溢す。
 互いに、生徒会長と風紀委員長という立場になってから続いているせいなのか、今さら他人に変えようとは思わないのだろう。
 まあ、面倒なだけだろうが。


 


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あきゅろす。
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