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中編
11
 


 行く場所が見つからない。
 外は痛い程の照り付けで不快指数を持ち上げてくる8月、空調万全の会社のデスクで康之は携帯片手に眉を寄せていた。
 少しだけトオルと距離を置こうと考え始めたのが春の始めだったが、もう季節は夏の真ん中に差し掛かっている。
 どこでも良いとは思っていたが、どうせ行くなら落ち着ける場所が良いと吟味してしまうと有名どころは中々に金額が宜しくない。

 昼食を適当に済ませた空き時間くらいしか無くて進まなかった旅行先探しは、結局康之の心中をゆっくりと暗く落としていた。
 画面に指を滑らせながら溜め息を吐いた康之だったが、その肩が軽く叩かれて弾かれるように振り返る。



「───…あ、課長、」
「旅行の計画ですか?」
「ああいや、…まあ、そんな感じです」



 背後で穏やかな笑みを見せたのは、康之と同じ部署の上司である倉科だった。
 康之よりも年下ながら、26歳という若さで課長に昇進した有望株な倉科は、凄腕のわりに気さくで部下に対しても分け隔てなく接している。その性格と端正な顔立ちで、数少ない会社の女性社員達からは入社当時から常々注目されている。
 しかし最近は恋人が出来たらしく、その溺愛具合の噂で彼女達は揃って残念そうだった。

 倉科は後々同じ課に移動してきた佐東という社員と同級生で、康之は当初佐東に同級生が上司はやりにくくないか、と尋ねたら彼は軽く笑って「アイツは人に使われるより、使う方が合ってますから」と気にしていない様子だった。

 そのうち社長にでもなりそう、と笑った佐東に、康之は純粋に有り得そうだと同感した覚えがある。



「良いじゃないですか。寺さん有休使ってないし、たまには息抜きも必要ですよ」
「消化しないとな、とは思っているんですけどね、」



 確かに有休は使っていない。というよりも使う用事が無く、康之は週末にある休日で充分だった。何しろ会社全体が社長の人となりのお陰で純白レベルな為に、仕事の苦痛などは他所から食らう程度。
 始めての就職先が漆黒の会社だった康之からすれば、有休が存在するだけで驚いたものだった。



「良いところありました?」
「これと言って特には。有名どころは高いし、ネットでは載らない場所もあるもので」
「あー、なるほど、」



 言われた言葉に少し考える素振りを見せた倉科に康之は軽く首を傾げると、不意に周りを見渡した倉科はある社員に目を止め、彼を呼び手招いた。



「課長、どうしました?」
「仕事じゃないんだ。お前この間あの───なんだっけ、隠れ宿行ったって言ってたよな。お土産の菓子は旨かったけど有名じゃないって、」



 呼び出された男性社員は「ああ、」と思い出した様子で頷き、視線を斜め上へと流した。
 春前に有休を取って旅行へ行っていた彼は、会社への土産に美味しいお菓子を持ってきてくれたのを康之は思い出す。



「息抜きに行ったんですが、都会の喧騒が恋しくなって帰って来ました」
「恋しくならなかったら帰らなかったのか?」
「いやまさか。有休使い切りましたけど」



 都会で生きていると稀に自然に囲まれた場所へ行きたくなる。しかし不思議なもので、慣れた場所から離れてしまうと途端にその喧しさが恋しくなったりする。
 それは康之も理解出来て、親しげに笑う二人を眺めた。



 


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