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中編
どす黒い独占欲。
 

 その瞬間は、まるで、自分が世界から取り残されたように、一切の音と、余計な景色が消えた。
 ただあの視線の先に立つ二人だけが視界にあって、俺はそれをたった一人、遠くから見ているだけ。


 そこから沸き上がって来たのは、紛れもなく、独占欲だった。



「……カメ?」
「───…っ、あ、わりぃ」



 ハッと我に返り隣を見れば、怪訝な顔の羽田がいた。
 咄嗟に笑顔を作ってみたもののそれはたぶん失敗した。だって羽田が困ったような顔をしたから。



「行くぞ」
「……ん、」



 立ち止まってしまっていた俺は、羽田に肩を叩かれてやっと足を踏み出した。
 宇佐見と知らない誰かとの距離が近付いて、でも宇佐見は俺に気付かなくて。


 なんか、すごく、寂しかった。
 あの場所に居ない俺は宇佐見に認識されてないみたいで。あの場所でだけ俺を知っていて、そもそも宇佐見は俺の名前を知ってるのかな。
 初めて会ったあの時、女子から問われた名前だけで、それをイコールで繋げられたのかすら分からない。
 俺は宇佐見の名前を、フルネームを知ってるけど、宇佐見は俺の名前を知ってるのかな。



 俺は宇佐見にとって、ただあの場所に居るだけの見知らぬ生徒のひとりに過ぎないのかもしれない。
 ただ居るだけで、居たいなら居れば良いってだけで、会話に付き合っているだけで、親しくなったつもりなんてないのかもしれない。
 そうなりたいという興味すらないのかもしれない。



「終わればまた会えるだろ」
 そう言われた時の一瞬も、その時の喜びも、俺は今、思い出すことが出来なかった。


 ただ友達と話しているだけで、あの微笑を彼が向けられているだけで、そこになんの違和感なんてないのに、俺は酷く嫉妬したんだ。
 嫉妬に飲まれたんだ。
 あの笑みを俺以外の人間だって、いやそれ以上の笑顔だって見てるヤツも居るんだって分かってるのに。
 たかだか一年未満、あの準備室でだけの関わりを持つ俺は宇佐見にとって自分をさらけ出せる対象にはならない。


 分かってる。
 分かってるのに。


 寂しい。




「あーあ、高坂にアイスもーらお!」
「…はあ?買ってくんの?」
「バッカ、準備室は高坂の部屋みたいなもんだから、小さい冷蔵庫あんだよー。高坂アイス好きだから常に入ってんの」
「なんでお前そんな詳しいんだよ」
「たまたま見た!」
「……お前なあ」



 寂しいから、寂しいけど、仕方ない。
 大丈夫、大丈夫、笑える。


 無理してるのは分かってた。たぶん羽田も気付いてる。
 なにも言わない羽田は、優しい。
 だから笑える。よかった。


 俺はすれ違う二人を見ないように、羽田の肩に腕を回して、鬱陶しいとか言われても笑ってスルーして。


 俺の足は、歩きが早かった。
 逃げるように。






 宇佐見と羽田がすれ違い様に目を合わせていた事も、宇佐見と笑っていたヤツが俺を見ていたことも、それを知るのは、羽田だけだった。
 



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