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中編
2
 


 ───学園祭が始まった。
 主に庶民的な屋台(生徒会長になったばかりの頃に発案してから定着)や食事系の喫茶店、演劇、ライブなどが行われる。学園祭だけは私服姿を許されるため(一般と生徒とを分けるための学年色別の印は付けているが)、見慣れた制服ではない雰囲気が変わる生徒、卒業生や招待客でごった返すなか、校舎前で文也と合流した。

 やはり文也はその見た目から目立ち、私服なら尚更人の目を引く。
 視線に絡まれながら笑顔の文也に付き合うかたちで、観たいという演劇を行っている体育館へと向かった。



「ごめんね、付き合わせて」
「いや、いい」



 鑑賞は嫌いではないので、後ろの隅で立ち見する。
 演劇が始まれば視線も前を向く。ぼんやりと眺めながら、いつ部屋に行こうかと考えている自分に驚いた。
 槙野は部屋で寝ているんだろう。休みの日は互いに昼近くまで寝ていることが多く、槙野も寝てると言っていた。
 土産くらい持っていこうかと考えながら、本格的な演劇の通る声を聞いた。



 演劇が終わると、文也は満足そうに感想を言う。それに頷きながら、軽食をとりにカフェを行うクラスに入ると、生徒や招待客などの視線が向けられる。
 慣れてはいるが気分はよくない。今まで特に意識していなかったが、槙野と関わるようになってから微かな不快感が現れる。

 文也は気にしていないから席をとり、甘味や紅茶を頼んだ。俺はコーヒーだけを頼み、次はどこどこに行きたいのだと希望する文也に頷き返す。


 軽食を済ませて、文也が行きたいと言っていたお化け屋敷を行っているクラスに行くと、人気があるのか列が出来ていた。
 回転が早く待ち時間も短かいため並ぶと、すぐに後ろに列が出来る。
 防音された教室を使っているのか、音や悲鳴は聞こえない。


 15分ほどで順番が回ってくると、文也に手を引かれて暗幕を潜った。
 足元のライトだけで殆ど見えない室内は、広さの感覚が鈍る。効果音や男女の境が分からない悲鳴が聞こえると、文也は本格的だね、と笑った。
 ホラー系が好きなのは知っている。
 過激な年齢指定があるスプラッタ映画でも目をそらさず見つめるほどには好んでいる。

 暗がりを進んでいくと脅かし役が仕掛けてくるが、文也は悲鳴をあげたりはしない。
 びっくりした、とは言うが、笑うものだから脅かし役も遣り甲斐は感じなかっただろう。片や何も感じない俺が一緒にいるのだから尚更だ。
 半分ほど進んだだろうか、というあたりで、文也が声をかけてきた。



「後夜祭も出ないよね」
「ああ」



 予定が出来たのもあって出ないことを肯定すると、文也は仕方ないね、とまた笑った。



「部屋にいっていい?」
「いや、部屋には居ない」
「…そっか」



 最近よく出掛けるね、と小さく呟いた文也は、返事を求めていないかのようにそのまま出口を抜けた。
 明るさに目を細めていると、横からいつもと変わらない声で「まぶしいね」と文也が言った。



「ちょっと休憩しよ」
「あぁ、」



 人が疎らな場所を選び、備えられた自販機で飲み物を買う。
 炭酸を買った文也は、お茶を飲む俺を見て、それにすれば良かったと苦笑したのでペットボトルを差し出すと、少し驚いてから礼を言って受け取った。

 遠くを行き交う人を眺め、午後の日の高さで全体が明るく感じる。
 お茶を返されてからそれを飲み、少し経ってからパンフレットを眺めていた文也が立ち上がった。



「そろそろライブ始まるかな、行ってみない?」



 ひらひらと紙を揺らしながら笑う文也を見て立ち上がった。
 瞬間、ぐらりと視界が揺れた。
 立ち眩みか、と思ったが、なにか違う。


 前に立つ文也は何も言わない。そこにも違和感があった。
 顔を上げると、苦痛と虚しさを混ぜ合わせたような歪んだ顔をした文也がいた。



「……文也、」
「ごめん、もう限界かも」



 なにが、とは聞けなかった。
 俺は知っていたから。文也が言う限界の意味も、歪んだ表情の内側も。

 伸びてくる文也の手を反射的に叩き落とすと、苦しそうな顔の文也が少し笑った。



「簡単には治らないよ」
「……そうか」



 鼓動が早い。頭が痛む。
 いつ何を仕込んだのかは分かった。

 自販機に寄り掛かっていた体を、無かったはずの気力を絞り出して起こし、文也を避けて早足でその場を離れた。

 文也は追ってこない。
 あいつは俺がこんな状態だから自室に戻ると思って先回りするだろうが、生憎俺の行き先は決まっていた。
 無意識にそこまでの道程をふらつきながらも早足で向かっていく。

 身体中にじわじわと渦巻く熱を抱え、行き慣れた部屋のインターホンを押したまま、扉に頭を打ち付けた。少しでもこれが消えてくれるならと。


 

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