中編
4
あの時の槙野の正体が分かったところで、俺の行動に変化はない。
昼休み直前まで風紀室で引き留められ、委員長から何故か土産として購買のシュークリームを受け取った。
購買も、一般的な高校にあるような小さいものではなく、売っている惣菜やおにぎり、弁当、パン、果てはスイーツ系まであってしかも手作りで、特にシュークリームは人気が高い。
昼休み前に行けば生徒は授業中のため確実に手に入るが、昼休みに入ってしまうと瞬く間に売りきれるほどらしい。
どうせ委員の誰かに行かせたのだろう。あの男は有能だがいかんせん面倒臭がりで愚痴魔だ。なにをそんなに愚痴を吐くことがあるのかと思うが、風紀に舞い込む面倒事は知り得ているため文句は思っても言わない。
部屋の前に着きインターホンを鳴らす。
既に昼休みになっているから、槙野は部屋にいる。扉が開くと、遅かったなと言いながら扉を支えてくれた。
「風紀に捕まった」
「なんかしたのか」
上がり込みながら返すと、槙野は意外そうにそう言ってきた。
土産に持たされたシュークリームが入った箱を差し出すと、怪訝そうな顔で受け取る。
「たまに委員長の愚痴に付き合わされる」
「あぁ…、そうだったな」
納得したようだ。
委員長と関わりのある槙野は、俺と居るようになってからそういう話を聞いたのだろう。
どんな説明をしたのかは分かっている。
付き合いのいい友人だとか都合の良い事を言っているんだろう、あの男は。
「付き合い長いから楽だとか言ってたな」
「あれは愚痴しか言わない」
「否定はしねぇ」
土産の箱を冷蔵庫にしまいながら、槙野は昼食の材料を取り出していく。
傍らでそれを眺め、今日の昼食はオムライスかと察した。
笑い声や会話が溢れるわけではないが、この緩い雰囲気の中では沈黙も苦痛にはならい。そもそも互いにあまり喋らないから苦痛というのを考えないけれど。
「あの人面倒臭がりなのに世話焼きだよな」
「世話は別らしい」
「面倒の基準が分かんねぇ」
「確かに」
淡々とした会話に、淡々と進んでいく料理。
それでも、槙野はいつも楽しそうだ。
本人が楽しそうならべつに気にすることもない。
昼食が出来上がり、ダイニングテーブルに向かい合わせに座る。
ホットコーヒーと付け合わせのサラダにオムライス。学食のものよりこっちの方が自分には合っているといつも思う。
高価でなくていい。味がよく分からないものより、質素と言われようが寧ろその方が安心する。
学園に居ても、学園には染まらない。
ほぼ無言で食事を進める。室内には食器がぶつかる音と、時々ぽつぽつと交わされる会話だけ。
文也よりも槙野と二人で過ごすことが格段に増えた。
以前は文也からよく学食に誘われて行っていたが、あそこよりもこっちの方が場所も食事も落ち着ける。
槙野だからだろうか、と考えたことはある。他の誰かだったらなにか違っていたのだろうか。
けれど、あの古い階段で出会ったのは紛れもなく槙野新だ。今こうして一緒にいて楽だと思えることは、槙野より長く関わってきた文也との明らかな違いがあった。
文也といるのは苦痛ではない。あいつはただ俺が思っている立ち位置とは違うだけで、友と言える存在ではあるだろう。
けれど槙野は違う。
友と言えるかどうかも分からない、最近になって関わり、二人の時にしか話さず、こうして槙野の部屋に来ることに慣れてきて。
関係を適切な言葉で表せるようなものではないけれど、それでも俺の中で行方不明になっていた色々なものが見え隠れするようになってきたことは、自分にとって槙野新という存在が良いものであると思える。
それでいい、と思えた。
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