中編 2 「───…、」 薄暗い天井が見えた。 足を動かすと、布が擦れる音が聞こえる。何だか懐かしい寝心地に、ゆっくりと頭を動かした。 知らない部屋。 殺風景なそこは静かで、ぼうっと室内を見ていると足先の方から戸の開く音がして、視線を移す。 「起きたか」 「……あんたの部屋か」 「ああ。お前の部屋なんか知らねぇし、もう特別棟じゃねぇんだろ」 「……ああ、」 やはり槙野は知っていて聞かなかっただけらしい。 生徒会ではない以上、専用に宛がわれていた特別棟の部屋には居られない。 理事の好意でひとり部屋ではあるが、退院前に特別棟ではなく一般寮に移っている。奴が知らないのも当然だ。教えていないのだから。 体を起こすと、倒れる前よりは随分楽になっていた。 心地好い布団の感覚に、どこか懐かしさを消せずにいる。枕も掛け布団も、体に合っている。 「これ、どこの寝具だ?」 「は?」 その感覚がなんなのか思い出せずに、気になって聞いてみると槙野は呆けた顔で俺を見た。 「……確か、雫ってとこのやつ」 「あぁ、通りで」 「なんだよ」 社名を聞いて思い出した。 怪訝な顔をする槙野は、パッと見は不機嫌そうだ。 「特別棟の備え付けが、同じ会社だった」 「……さすが特別棟」 一般寮の寝具も備え付けがあるが、生徒が好みのものに変えることも出来る。 特別棟の寝具も寝心地は良かったが、同じ会社でも槙野が使っているこの布団は、なぜかとても気持ちが良い。 あっちは一番良いものを使っているはずだが、こうも違うものだろうか。 「それ、型自体は結構前のやつだけど」 「そうなのか…」 「寝心地いいから買ったけど、たっけぇのな」 「まあ、な」 槙野はベッドの隅に腰を下ろすと、掛け布団を撫でる。気に入っているんだろう。 「悪いな、占領して」 「べつに。気にしてねぇよ、お前なら」 俺なら、ね。 鋭い瞳が見つめ返してくるが、そらすことなく見ながら、ふと思う。 「同室者は」 「あぁ…今はひとり。急な事情で転校するってんで引っ越した」 「へえ」 「だから誰も来ねぇよ。気が済むまで居れば」 投げやりな声に反して優しい気遣いだった。 人間は見た目や第三者からの噂やイメージだけでは、本質は分からない。いい見本だ。 部屋に戻ったところで特にやることもない。いつも通りに動けるが、なぜかまだ、ここに居たいと思った。 その事実に自分で驚く。 「じゃあ、ついでに風呂使わせて」 「お前、結構強かだな」 「嫌なら大丈夫。帰るから」 「別に嫌っつってねぇよ」 どうやら使わせてくれるようだ。 強か、というよりも、嫌われるだとかそういう不安がないのだと思う。 いいひと、悪いひと、好きなひと、嫌いなひと。そんなもの、もう知り飽きた。 [*←][→#] [戻る] |