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中編
0時から9時まで。‐01
 

 夜勤のバイトをしようと思ったのは、ただ単に夜眠れないからだった。
 どうせ眠れないならその時間に金を稼ごうじゃないか、夜勤は時給が良いし、というよく分からない自己満足な理由。それ以外に特にない。
 だけど、そんなバイトを初めて3年経った今では、夜勤は時給が良い、なんてのは二の次になっている。


 主に恋人同士が使う宿泊施設、所謂ラブホテル、『香(コウ)』。そこが、俺、神原由貴の職場だ。




 ホテル『香』は駐車場に囲まれていて、建物を中心にぐるりと駐車スペースがある。
 客が出入りする入り口のほぼ裏側にある、簡素な扉を開けるとすぐ脇に扉のない靴箱が置かれ、中にはサンダルやクロックスなんかで埋まっている。



「おはよーございまーす」



 外靴を仕事用のサンダルに替えて、一段上がった先に事務所のようなリビングのような場所に入りながら挨拶すると、事務所の中にいるスタッフから同じ挨拶が返ってきた。

 いまは夜の零時近いけど、どこだって職場の挨拶は時間関係なく「おはようございます」から始まるもんだろう。



 一応『事務所』になっているそこは、ぱっと見まるでシェアハウスの共同リビングのよう。

 入ってすぐ左の壁側に、洗面器と鏡、その右隣にビールとアルコール入り炭酸水サーバー、家庭用冷蔵庫。そのまた右側は、主に従業員が客室への登り降りに使う非常階段に続く扉があるけど、常に開けっ放し。
 扉の向かいには外に続く扉、非常階段の向かい側はあまり広くないエントランスに続く扉がある。
 エレベーターはふたつある。来た客と帰る客が鉢合わせない為だ。

 時々意味がなくなるけど。



 裏口から入ってきて見える正面奥には、業務用の箱形冷凍庫。その右隣は、三人入って一杯のフロント入口。カラオケやらパソコンやら防犯カメラのテレビやら機材も詰まってる。

 その入口の右側には、同じように箱形の業務用冷凍庫があって、冷凍庫に挟まれて入口がある感じ。
 その右側冷凍庫の向かいにはジュースサーバー。冷凍庫とサーバーに挟まれて出来た通路の奥は、カーテンに仕切られて備品類と簡易休憩所兼喫煙所で、荷物置き場でもある。
 

 事務所のほぼ中央には六人掛けのでかい木製のテーブルに、学校で見るようなパイプ椅子が六脚。
 フロント入り口から見る正面奥にはキッチンと家庭用冷蔵庫。
 裏口から入ってすぐ右側には、プラスチックのお盆とグラスが置いてあるシルバーラックがテーブルの真後ろにあるせいで、実質ほぼ中央のテーブルは四人掛けくらいになってる。頑張れば六人いけると思う。

 キッチンの上には棚、ジュースサーバーの横にはシルバーラックがあって、よく使う平皿や、上には一升炊き炊飯器と電話機とか色々置いてある。


 俺はいまだにこの事務所が、シェアハウスの共同リビングに見えて仕方ない。
 大体、勤めてる人間がほとんどフレンドリーなもんだから余計だ。
 




「おはよーユッキー。今日ひまだよ」
「あ、まじか。水曜日だしな」


 フロントから出てきた夕勤の河瀬さんが怠そうに言う。河瀬さんは姉御肌の中学生子持ちの若ママだ。
 他の人は客室清掃中だと思う。
 大抵週の真ん中は暇だ。夜中は特に。


 

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