中編
◇陰謀かよ、と思って自嘲した。
「───課長、N社からお電話です」
「ああ、繋いで」
片手を上げて合図すれば、彼女は無表情に手にしていた受話器を置いた。
それを見て手前の受話器を取り上げ、耳に当てる。なんの変哲もない流れは無意識でも動けるほど繰り返されてきたもの。
「もしもし、お電話変わりました」
『倉科さんですか、N社の佐久間ですが───』
聞き慣れた取引先の相手の声に、そういえば近く向こうで合同会議があったな、と思い出す。
付き合いの長い会社で、自分の前に課長だった上司───今はもう退職しているが───から引き継いだ企画が一段落ついて、新たな企画の件が早くも出来上がってきている。
前回に引き続き、今回の企画を担当しているらしい佐久間は、自身がまだ只の社員だった頃からよく顔をあわせていた。
口調も見た目も性格も引っ括めて全体が穏やかで出来ているような、そんな人。
脳裏に穏やかな笑顔が浮かぶ。
『───それで、合同会議の件なんですけれど』
「はい、そちらの都合で構いません」
『助かります。来週の水曜日はいかがですか?』
その言葉に、チラと卓上カレンダーを見る。所々に予定が書かれているそれは、希望を寄越された水曜日が空白であることを素早く教えてくれる。
「問題ありません。来週の水曜日ですね」
『ありがとうございます。お互い担当している社員を一人付けましょう』
「分かりました」
同じ企画を担当している社員は数名いるが、あまり大勢でなくてもいいだろう、という先方の意見に了解し、時間も決まり電話を切る。
さて、誰を連れていこうかと担当社員を思い浮かべ、一人を弾き出す。
昼休み、社内にある喫煙室の扉を開けて中に入ると独特の匂いが包み込んでくる。
そこには他に誰もおらず、ただ一人のんびり煙草をふかす人物を見つけ、ジャケットから箱を取り出して一本加えながら隅まで向かう。
「倉科、」
「会社では役職で呼べって言ってんだろ、佐東」
「二人だから良いだろ」
周りに誰もいないと、課長である自分を役職で呼ばない目の前の社員は、今や腐れ縁となっている佐東で。
同じ会社に居ることを知ったのは、俺が課長になってから佐東が部署移動してきたからだった。そこで初めてお互いが同じ会社だったのかと驚き、同級生が部下という不思議な気分になった。
それからお互いよく飲みに行くが、あくまで会社では上司と部下であることをお互いに割り切って接している。
佐東に合同会議の付き添いを頼めば、ふたつ返事で了解が返ってきた。
同じ企画を担当する社員の中では、佐東が頭の回転が早く同席させやすかったからだ。
だけど、その日になって先方の付き添いとして現れた人物に、俺達は二人して正常だった頭の回転速度にブレーキをかけてしまった。
最後に見た中学の卒業式から、すっかり変化した大人の男としての外見と、しかしただひとつ変わらないその雰囲気を纏ったそいつに、俺はまた一瞬にして目を奪われた。
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