中編
◇制止は不可能。
───いきなりこんな事をして大丈夫だろうか。
そんな思いを抱えながらも、教えてもらった住所に車を走らせていたわけだが。
須藤の自宅近くのパーキングに車を停めて電話を掛けると、かなり早く出たのでちょっと驚いてしまった。
それから車から降りて車体の脇で待つこと数分。
慌てて走ってくる見慣れた雰囲気と見慣れない私服に、笑い半分緊張半分の意味が分からない動悸がした。
「お、おはようございますっ…す、すみません、こんなとこまで」
「おはよう。急がなくてもよかったのに、なんか悪いな」
「いや、大丈夫です」
そう言って笑い若干息を切らしながら髪を撫で付ける須藤の仕草に、イイ歳こいて初なドキドキを抱えていたり、落ち着いたモノトーンの私服を見ながらちょっと危ないことを口走りそうになった自分を蹴りたくなった。
……私服姿とか慌て方が可愛いとか、イイ歳したしかも男に言われたくないだろうな。
なんかヤバイ思考に陥りそうになり、一度目を閉じて小さく深呼吸した。
「メシまだだろ?話ついでに食事付き合ってくれ」
「っあ、はい」
須藤の頬が赤いのは走ったからだと思わなければいけない。
箍が外れて思考が荒れている気がしなくもないが、そこは大人の意地で押し込めて助手席に促し、運転席へ滑り込んだ。
ちょっと遠出しよう、と勝手に決めて走らせること三十分弱。
途切れ途切れな会話の中で辿々しい受け答えに内心色々苦しみながらも、運転のおかげでなんとかなったと思う。
都心から少し外れた、下町風情が残る場所に入ると、近場のパーキングへ車を停めて徒歩で数分。
息抜きによく使う小さな喫茶店は、昭和の雰囲気が漂う明るすぎない隠れ家のような所だ。
メニューは少ないが、味はいい。
各席が離れているため、落ち着いて会話するのにも持ってこいな場所でもある。
「わ、いいお店ですね」
「よかった。お気に入りなんだ」
「へえ…」
店内の柔らかな雰囲気のおかげで、須藤の緊張が少し無くなったような気がした。
選んでよかった、と安心して、あまり客のいない店内の奥にある、隔離されたようなスペースのソファ席へと落ち着いた。
「とりあえず腹ごしらえな。オススメはオムライス」
「いいですね、オムライス好きです」
「それはよかった」
進めたオムライスは確かに旨いが、ただオムライスを食べている姿が見たいと思っただけだ。
思惑通り…いやオススメしたそれに決めてくれた須藤は、すこし気が抜けたようで店内を見回している。
店内の雰囲気と馴染んでいる店主に、オムライスとコーヒーをふたつずつ頼み、キョロキョロしている須藤を眺めた。
ふ、と目が合うと、彼は慌てて謝ってきたけれど、気にするなと返した。
俺の視線も気にするな、という意味もあったけれど伝わるわけもなく、少しばかり挙動不審な須藤を、けれども俺は無言で眺めた。たぶん俺のほうが不審だろう。
「今はプライベートなんだから、敬語じゃなくてもいいよ」
「…っ、すみません、なんか、緊張して…」
「はは、なんでだよ」
「え、え…と、うーん…」
ああもう畜生、かわいい。
俯く須藤をつい苛めたくなるとか、俺は小学生か。
唸る姿を焼き付けて、運ばれてきた食事に須藤がホッとする所も見逃さなかった。
…もうダメだ俺。
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