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中編
◆気持ちの壁。
 

 啓介が三坂の所へ行くのを見送りながら、戻ってきた時に高校の方へ移動だろうなと予想して一息つく。


 ───自分の様子が表面上で特に変化がない事は、啓介の反応を見れば分かったので一安心だ。
 気のせいかもしれない。
 意識し過ぎているからだろう、そう言い聞かせて、目があったかもしれないという高鳴る鼓動の理由を受け流した。



 十年過ぎて尚も元クラスメイトに囲まれている姿を見ていると、あの頃教室で眺めていた光景と重なって錯覚してしまう。
 窓際と出入り口という離れた距離でただ見ていたのを思い出すと、今更ながら自分は怪しいヤツだったなと呆れる。

 あの頃確かに、俺の目には、彼の周囲は輝いて見えたのだ。太陽の光を浴びているような、纏っているような、その明るい笑顔にいつの間にか抱いていた気持ち。
 誰にも言えない、言う必要のない、言うほどの親しい友人もあまり居なかったけれど、そんな気持ちに自分自身が一番驚き、呆れ、何度も考えた。


 この気持ちはただの羨望のようなもので、憧れのようなもので、錯覚なのだと言い聞かせていた時もあったが、時間が過ぎても変わらない、寧ろどんどん引き込まれて行ってるのに気づいた時、言い聞かせるのをやめた。
 自分は確かに恋愛対象として、彼に好意を持ったのだと受け入れた。
 中学生という思春期の中で周りと相容れないその感情は、決して目に見える形にしてはいけないものだと閉じ込めるしかなかった。
 三年間消えなかった想い。
 まともな会話すらしたことがなかったのに、どうしてあんなに惹かれたのか今でも分からない。



 けれど俺は確かに彼に惹かれている。それは誤魔化しようのない事実で、勘違いでもなくて。
 目が合うと高鳴る鼓動。顔に熱が集まる感覚があって、切なくて焦がれて、でも伝えられなくて苦しい。
 異性ではないという事だけ。たったそれだけの壁が嫌になるほど高いのだ。



 ───少し頭をスッキリさせないとダメだな。


 この空間に居ると昔を思い出してばかりだ。
 思い出ばかりなせいか居た堪れなくなってきて、ゆっくりとその場から逃げることにした。



「……ダメだな」



 見知った賑わいが襖の向こうに隔たれ、知らない賑わいが耳に入ってくる。
 高校の同窓会に行く前に、たぶん酷いであろう顔を水に流してもらおうか。

 そう思って細い隙間の先にある手洗い場へと薄暗い店内を進み、扉に手をかけた瞬間だった。



「───…わっ」
「ッあ、すみませ…」



 突然内側に開かれたドアに、ノブを握っていた手がぐっと引っ張られて前のめりになる。
 危ない、と心の中で叫んだけれど、体はしっかりと支えられた事に気付く。



「……っ」
「……大丈夫、ですか?」



 謝ろうと口を開いたそこから出たのは、言葉ではなくて。
 顔を上げたそこには、至近距離で想い人の明らかな動揺を含んだ目があった。

 その事実を理解した瞬間、冷めていた体に熱が爆発したように這い上がってきて、自覚出来るくらいに顔に集中してきた。



「…〜〜っ!」



 同時に、微かに目を見開いた彼もそれに気付いたのだと知る。
 今、俺の顔が、手洗い場の明るい光のおかけで真っ赤なのが丸見えなのだ。


 離れなきゃ、と手を伸ばしたその同時、俺は彼にそのまま手洗い場に引きずり込まれた。


 


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