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中編
◆時間が隠していただけでした。
 


 聞きなれた目覚ましの音で意識が浮上する。見上げる天井はカーテンの隙間からさす日差しで光の線が出来ていた。
 電子音を止めることなく、ただぼうっとそれを見た。


「……はー…」


 零れた溜め息に、色々な感情がない交ぜになっていることを自覚する。
 なんたって今あんな夢を見たんだろう。
 十年の節目だからとでもいうのか、とんだ悪ふざけだ。
 目覚ましを止めてベッドに起き上がる。寝癖があるだろう髪を撫で付けて、壁に掛けた時計を流れる動作で見ると6時を少し過ぎていた。

 いつも通りの時間。いつも通りの動き。
 なのに心が置いてかれている気がして、また溜め息を吐いた。


 中学校の卒業式から十年。26歳にもなって、あの感傷に浸っていた時を夢に見るなんてどんだけ女々しいんだと、自分自身を笑った。
 あれから何があったわけでもなく、自分が想像していた通りに物事は流れていった。高校、大学、就職。伴って広がっていった人間関係。
 記憶の片隅に追いやられていった、あの頃の片想い。
 高校大学ではそれなりに恋人はいた。人並みに好きだという感情もあったし、それでも擦れ違いがあったり喧嘩だったりで別れて、人並みに経験をしていった。
 だから、忘れられていた。

 忘れられていたはずなのに、時間がその想いを消さないように隠していただけだったのかもしれない。
 理性が、あの恋は不毛だからと追いやっても、本能がそれを拒んだみたいに。


「……勘弁してくれ」


 唸るように、こぼした。

 寝室を出てキッチンに入る。インスタントのコーヒーをマグカップに入れ、お湯を注げば特有の香りに満たされていく。

 2DKのアパートで独り暮らしを始めて6年目になれば、体は意識せずに慣れた行動をすることが出来るくらいになった。

 いかんせん朝食を摂る気分になれない。


 キッチンから移動することなく、コーヒーを飲んだ。
 時間に余裕はある。
 今日はのんびり行くか、と決めて、のろのろと体を動かした。


 十年前の片想いを振り返すほど子供でもなければ、夢見の悪さを何でもないように意識出来るほど大人に成りきれない。
 年齢的にいい歳した社会人でも、嫌な思いをすりゃ気分だって悪くなるってものだ。

 仕事してれば忘れるだろ、と頭の中でぐるぐる回る思い出をとりあえず放置した。




 もし、あのユメが何かの前兆だと思えるほど用心深かったら、仕事用の仮面が欠ける事はなかったのだろうか、なんて。
 そんなもん、後の祭りだ。

 

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