中編
◇気付いた時には落ちていた。
合同会議という名の食事会を終え、会社には戻らず直帰することになっていたが、予想外の展開に理解が追い付かず佐東と共に近くの居酒屋に入っていた。
やっと理解したのは、一杯目のビールが半分ほど減った後の佐東が言った言葉だった。
「突然だったよなぁ、佐久間さん。いきなり連絡先交換なんてなかなか無いぜ」
確かに、会社同士の親交は深いもので、互いの個人連絡先を知っている社員は居る。前の係長や課長も、互いの連絡先を知っていたし、個人的な付き合いもあったと聞いている。
けれどそれは、付き合い始めから流れに流れて息が合いよくプライベートな話をしていたから、趣味を共有出来るようにという自然な流れから。
今回のように、まるで本当に「思い出した」みたいに突然、連絡先交換しましょうなんて滅多にない話だ。
相手に反感を抱かせる可能性だって低くはなかった。
でも、相手が佐久間さんだったという事や、付き添いに須藤が居たこと、悪い印象をまったく抱いていなかったことなど、短い間でもそれを許せる相手になっていた理由が、少なからずあったのだと思う。
佐久間さんはその雰囲気もあるが、不思議な人だ。
自分が思っていたより単純だったのだという事にも気づかされたけれど。
そう考えると、呆れなども混ざって、自然とため息が出た。
と、向かいで笑う声がして顔をあげれば、佐東はジョッキを傾けながらもこっちを見ていて、思わず眉間が寄る。
「お前どうせ、あくまで仕事だ、とか思ってんだろ」
「は?」
重い音を立ててジョッキを置いた佐東は、俺を不快にさせるような笑みで言ってきた。
意図が掴めずにただ見ていると、今度は呆れたように笑う。失礼な奴だ。
「個人の連絡先が登録されたっつっても、どうせ、連絡することはねぇってさ、仕事以外じゃ理由がないとかなんとか、堅苦しいこと考えてるくせに、メールの一通くらい送ってみたいとか思ってんだろ」
「思ってない」
なにを言い出すのかと思えば。
佐東はテーブルの隅に置いた俺の携帯を見やり、こちらを伺うような視線を寄越してくる。
仕事以外でなにを連絡するというんだ。そもそも、中学の同期だからって、友達という間柄でもなかった。
話すことなんてないし、共通の話題だってないに等しい。関わっていた人間も共通の人物はいないと思っている。
つまりほとんど赤の他人なのだ。そんな仕事だけの関係で、プライベートに立ち入るなんてことは。
しかし佐東は、そんな心中を悟っているのかいないのか、俺の無意識な行動を突いてきた。
「気付いてないのか?───お前、携帯見すぎ」
「……」
一瞬ドキリと鼓動が波打った。
たまにこいつのこういう所が本当に嫌になる。
自分でも気づかないことを、第三者だからよく気付く。特に佐東は昔から洞察力というものが鋭いせいで、中学の卒業式前後の俺の葛藤も、唯一知っていた。
誘導尋問的なものはあったが、それが出来たのは、そこに確信があったからなのかもしれない。
「未練がましいか」
「自覚してんのか?」
「…いや、」
自覚、という事は、何かを受け入れたということ。
俺はまた、須藤という存在に引き込まれたのか。
自分自身が気付かないうち、この短期間で俺は再び彼に落ちてしまったのか。
そういう「自覚」をしてしまったら、俺はどうするのだろう。
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