中編
唐突な行動力。
『……カメ?、どうした』
「……っ」
返せなかった。羽田の声は受話部分から届いてるのに、俺は宇佐見から目をそらせなくて、声すら出なかった。
いつもと同じはずなのに、なんか、こわい。
『おい、どうし───あ、おい!大森!』
「!?」
突然声高になった羽田に、びくりと肩が揺れて一瞬視線が外れた。
大森。
俺がいま一番関わりたくない、宇佐見のトモダチ。
張り上げられた羽田の声が聞こえたのか、宇佐見は首を傾げて言った。
「大森?」
「…あ、ぅ、えと……」
どうしよう。
軽く、そうだねとか言えばいいのに、上手く返せなくて挙動不審になる。
と、羽田が溜め息を吐いたような音が聞こえてきて、それから次の言葉に俺は目を見開いた。
『───カメ、たぶんアイツそっち行った。怖い顔して』
「え、やだ、…会いたくな、い……」
思わず出た言葉に、ハッとして気付いた。
宇佐見のトモダチなのに、拒絶するような事言ってしまった。
血の気の引く思いでゆっくり左上に視線を戻すと、宇佐見は変わらずの無表情───じゃなかった。
「……あ…っ」
携帯を握る手に力が入る。
眉を寄せ、更に目付きの悪くなったその顔は、俺を見ているようで、けれど俺の手にある携帯を睨むように見ていた。
怒らせた。
これは、確実に、嫌われたかもしれない。
折角、文化祭の時の事を謝り、いつも通りの日常が戻ったんだと安心したのに。俺はバカだ。
気持ちが沈む。あの時よりも。
声が出ない。何て言えばいい。何か言わないと。
立ち上がれないまま、ぎゅっと空いてる手を握りしめる。
目が合わない。
「…ぁ、う、宇佐ちゃ…ごめん…っ」
トモダチなのに、ごめんなさい。
嫌な思いさせて、ごめんなさい。
ぐるぐると自己嫌悪が渦巻く。
吐き気がするほど、ドクドクとうるさい心臓の鼓動。
嫌われたくない。でも、そう思われるような事を言ったのは俺。分かってる。分かってるのに。
不意に宇佐見と目があって、また一際鼓動が跳ね上がる。
そして、宇佐見は小さく口を開けた。
こわい…っ!
不安に飲み込まれて反射的にぎゅっと目を閉じた、と同時。
バタバタと廊下から、足音がこっちに向かってくるのを聞いた。
その音にぱっと目を開くと、宇佐見はいつの間にか理科室の出入り口の方を向いていて、顔は見えない。
きっと大森だ。
こんなときに会いたくないのに。
諦めと遣るせなさ、若干の怯えも混ざりあって泣きそうになる。
なんだっていうんだ、もう。
通話はいつの間にか切れていて、携帯をスラックスのポケットに戻してふらつきながらも立ち上がった。
「宇佐ちゃん、あの、」
何か言わなければと宇佐見に投げ掛けた時、突然、本当に突然宇佐見がこっちに顔を向けたと思えば、俺の手を掴んで息つく暇もなく準備室へと半ば強引に連れ戻されてしまった。
「え、あ、…え!?」
「黙って」
低い、いつもと違う声に思わず息を飲んだ。
怒ってる…?
でも、手が。……手?
そこで今更気づく。
宇佐見に手を掴まれてる。その事実に、場違いにも俺は、顔に熱がぶわりと集まって、なぜかその掴んでいる手を握り返すように力を入れてしまった。
…アホだ俺。
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