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中編

 


 たまたま大学の帰りに、営業先から直帰する途中の康之と鉢合わせ、久しぶりに話そうと二人は喫茶店に寄った。
 提案したのは珍しく楓の方で、康之が何か相談を躊躇っている様子を察したからである。

 互いに一杯の珈琲を飲み干しておかわりを待つ間に、楓は「何か悩みごと?」と切り出した。
 ───最初は康之に対しても晃に対しても敬語が抜けなかった楓だが、恋人である晃にはもう敬語は使っていなかった。康之が互いに他人行儀は止めようかと言ったのがきっかけで、楓もあっさりとそれに頷いたのである。
 理由は身の回りの知人よりも親しみを感じているから、という単純でありしかし楓にとっては珍しい距離の近さからだった。


 康之は楓を一瞥してから少し笑い、「バレバレだな」と息を吐いた。


 聞けば、今月に入ってから毎日のように透司が色仕掛けをしてくる、という変わった内容の悩みだった。
 なぜなら康之と透司は恋人であり同棲中なのである。状況を考えれば恋人に対しての色仕掛けに不自然はない。


「それって困るの?」


 と、言いながらも楓自身、遠距離恋愛中の恋人である晃が、一緒にいる間に毎日誘惑して来たら確かに困るなとは思っていた。
 彼はどちらかというと直情径行なので、遠回しに誘惑して相手をその気にさせるよりも自分からベッドに引っ張り込むタイプだ。


「いや、うーん…、困る…っちゃ困ってはいる」
「どうして?」


 康之の透司に対する気持ちは知っているし、それが恋愛感情であり、もちろん性的なものも含んでいると分かっている。他に好きなひとが出来た、という風でもない。そもそも互いに一途で他に興味すら無いのだから、そうであったら悲しい。同性だからどうとかは今さらである。
 店員が持ってきた新しい珈琲の湯気と香りを感じながら、しかし康之はそれを見つめたまま言った。


「……手を出したら抑えが利かなくなりそうでこわい」
「……ふ…っ」
「なんで笑う」
「いや…ごめ…っ」


 怪訝な目を向ける康之に対し、楓は口元を手でおさえたはいいが込み上げる笑いは既に隙間から外側へ飛び出していた。

 なんて可愛らしいんだろうこの人たちは、と楓はとてつもない愛情が沸き上がっていた。それは母性のような、親愛の暖かさであり、これまでに無かった愛しさ。


「はー…、でも透司くん、もう充分に体力も戻ったし、凄く健康的だよ?」
「それはまあ、そうなんだけど」


 同性のやり方について康之は以前から晃に散々教導を受けている。なかば無理矢理なところもあったが、それはそれで今考えればありがたい事だった。
 独学でやるよりも経験者に学ぶ方が何よりも安全で確実である。
 それに康之も同性でなくとも性経験はあるし、それで痛みや苦しませた事もない。


「どうしてもこう、トオルが純粋に見えてな…」
「……ああ、」


 なるほど、と楓は理解し頷いた。

 透司は18歳から10年以上、霊体で過ごしてきた。それ以前の記憶は少しずつ所々思い出していると聞く。
 本人いわく、事故以前はわりと遊んでいたようで経験は豊富だったと思う、とは言っていた。ただそれは全て異性との話ではある。
 だが現状、透司はあまりにも純粋に思える。それは長い間康之とだけ関わり、事故以前の記憶喪失などもあるが、18から一気に30手前に年齢だけが先行して中身はあまり変わらなかった。
 今は周りの環境や家での学習で教養や社会性について吸収している真っ最中だし、過去の自分は無くなったも同じだとも本人が言っている。
 純粋に見えるのはそのせいだろう。無垢ではないが、打算がない。

 しかし楓は康之の躊躇いを取り払う事にした。


「康之さんは、したくないの?」
「……いやしたいけど」
「素直だね」
「嘘を言う理由がないからな…」
「じゃあ我慢しなくてもいいと思うよ。焦らなくても、ゆっくり時間かけてさ、次の休みにでも」
「それは急すぎないか」
「今のは冗談」
「……」


 


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あきゅろす。
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