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中編
可愛いひとたち。【毒+蟻】
 


「───康之さんが抱いてくれない」
「っ、ん゙ぐふ…!」


 外に出るにも家にいるにも寒さが強まってきた冬真っ只中の昼下がりだった。
 冬休みを謳歌する学生や家族連れが、一時の温もりを求めて立ち寄るファミリーレストランは店が嬉しい悲鳴を上げる程賑わっている。
 その一角の隅の席で、久住晃は口にした水をテーブルに吹き出した。これがジュースや珈琲だったなら服に飛び跳ねた液体が染みになっていただろう。


「大丈夫?」
「……んん、ありがと、楓」


 隣に座っていた平塚楓が、自分の所にあったレストランの手拭いで晃の前に垂れたテーブルの水溜まりを拭いた。
 弱々しく溜め息を吐き出した晃だが、退院した時よりも幾分か肉がつき、全体的に幼さが残るもののしかし年上である吉野透司を、まるで弟のようにみているのだが、その口から放たれた言葉の遣る瀬無さに困ったように眉を寄せた。

 透司の言う「康之さん」は透司と同じ年の恋人で、二人が出会ってから10年以上は一緒に住んでいるが、付き合ってからは半年ほどだった。
 その経緯は割愛するとして、例のごとく恋人の楓が住む都心へと一週間の旅行に訪れていた晃は、平日で康之が仕事中を選んで透司が楓に連絡を寄越してきた辺りから嫌な予感はしていた。
 悪い意味ではないし、透司に関してはその予感は可愛いものである事が多いので何かと思えば、冒頭の衝撃発言である。

 康之が透司を家に連れ帰って同棲を始めて半年、最初は互いに慣れない環境でもあったかもしれないが、それでも共に過ごしてきた時間は長い。違いは透司が霊体から生身になっただけとは言え、その変化は大きかったようだ。
 互いに互いの熱を感じ取れる事、共に部屋から出て外を歩き回れる事、同じ物を食べ感想を言い合える事、共感し体感出来る事の喜びが勝り、恋人としての性事情よりもただ一緒に居て手を繋ぐという行為だけで満足していた。

 しかしそれも半年過ぎれば、透司としては康之の淡白さを目の当たりにして少しばかりの不満が生まれたらしい。


「…やっさんなあ、そっちらへんの意識はすっげぇ淡白そう」
「透司くんを大事にしてるんだよ」


 二人の言葉に透司は「それはわかってるよ」とぼやき、目の前の餡蜜を掬った。運ばれてきた時は丸型で乗せられていたバニラアイスは溶けて器の中は殆ど白く埋まり、辛うじてつぶ餡の黒が点々と顔を出しているだけだった。


「でもさあ…なんか、たまに恋人っていうよりも保護者みたいな感じがあるんだよね」
「んー…、」


 退院したばかりの透司はそれでも目覚めた時より健康的ではあったが、やはり年齢的な平均を考えれば痩せ細り弱々しかった。身体的な後遺症も無く持病も無い透司からすれば、今は健康そのものである。寧ろ同じ年の康之よりも動ける確信もあるくらいだ。
 それは偏に、康之が慣れないながらも栄養バランスの整った料理の勉強や、家でも出来る跳ねない運動、ストレッチを一緒に実践していたからだった。
 感謝はしてもしきれない。
 しかしだからこそ透司は、康之のその意識が強く癖になり、恋人としてよりも一種の介護に似た世話役みたいになっているような気がしたのだ。


「誘惑してみたけど上手くいなくて」
「トオルの口から誘惑を聞くとは思わなかったわ…」


 例えばどんな?と問うた晃に、透司は平然とした様子で「シャツ一枚で出迎えるとか、キスしてる時に擦り寄るとか」などと言って晃を更に困らせた。しかし聞いたのは晃である。
 一方で楓は珈琲をストローで少しずつ口にしながら、黙ってそれを聞いていた。
 そしてふと、目線が明後日の方向へと流れ、先月の中頃に康之と会った時を思い出していた。


 


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