中編
03
───あー…緊張する。
約束の時間が近づくにつれ、吐きそうな程の緊張感を抱えている自分に少しの羞恥を自覚した。
会うと決まった前日は早めにゲームを切り上げて早く寝ようと決めていたが、結局遅くまで緊張で寝付けないというガキ臭い事をやらかした。
バイトが終わった後でカメからラインが入っていて、それは泊まりで遊びの誘いだったが用があると断った。
この頃たまにアイツは家に来ると何か言いたげな顔をするが、それも一瞬で切り替わるから追求はしていない。というか出来なかった。
それも含めて寝付けなかったのかもしれないけど、カメが俺の催促なしで自分から言ってくるのを待っている状態である。
待ち合わせ場所である駅の本屋前はあまり人通りが無く、見つけるには苦労しないだろうと話し合った結果決まった。
お互いに連絡先を知らないので分かりやすい服装などの外見を伝えあっている。
リョウさんは暗めの茶髪に白シャツとファー付きの黒い上着にスキニーパンツらしい。それだけでもうイケメンなんじゃないかと思ってしまう。
俺は黒のVネックセーターにフード付きジャケット、黒ぶちメガネであると伝えた。
カメにはこの件を教えていない。
普段はあまり感じない種類の緊張を抱えたまま本屋の外に並べられた雑誌の表紙を眺めて気を紛らせていると、視界に影が掛かって咄嗟に顔を上げ───驚いた。
服装は聞いていた通りで予想していたよりも頭一個分身長が高い。いや、最近は良く近くでその差を感じている。
「───…ハイネくん?」
小首を傾げた目の前の男性はボイチャで聞き慣れた声なのに、俺は彼の顔を知っている。
「……リョウ、さん? え?」
「お待たせ、やっぱり君だったんだ」
「いや、え? あの、いつも店に来てるお客さん、ですよね」
待ち合わせに現れた「リョウさん」は俺がバイトしている店の常連さんだった。
まさかそうとは思っていなかったから、声が似ているな程度にしか考えてなくて言葉が拙く続く。
「ドラッグストアの羽田くん。声がそっくりだなとは思ってたし、そんな気はしてたけど内緒にしてた」
「…名前、覚えててくれたんですね。ていうかリョウさんって店で話してる時より声が低い」
「あー、どっちも素なんだけどさ、外だと高くなるっぽい」
「へえ……」
どっちもリョウさんだったのか。でもなんかしっくり来たな、と思いながら軽く見上げていたら優しげに笑みを浮かべたリョウさんは「立ち話もなんだから行こうか」と促してくれ、歩き出した彼の隣に並んで移動した。
驚きがまだ続いていたが、リョウさんと共に訪れたのは小さな喫茶店だった。
「あんまり騒がしいのもなって思って選んだけど、大丈夫?」
「あ、はい。こういう店は好きです」
「良かった」
言いながら扉を開けたリョウさんが先を促してくれ、スマートな行動に大人の雰囲気を感じる。
店内は現代風にお洒落な内装だが控えめな音楽と席同士が離れていて、全体的に落ち着いているから会話もしやすそうだ。
「天気良いし後で散歩でもするか」
「そうですね」
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