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中編
24
 



「───ごめんな、予定が長引いて遅くなった」



 宿に訪れた晃は康之がいる部屋にまで来てくれ、開けた扉の前で息を切らして謝罪した。その様子から随分と急いだようで、康之は「時間に余裕はあるから大丈夫」と晃を労い部屋に通した。

 慣れているかのようにテーブルの前に座った晃の向かい、座椅子に康之とトオルが腰を下ろす。
 康之に寄り掛かるトオルを見た晃は、不思議そうに首を傾げた。



「目ぇ開けて寝てんの?」
「いや、意識が飛んでいるんですよ」



 この町に来てからのトオルの異変を掻い摘まんで説明した康之に晃が暫く観察していると、トオルが我に返り晃を認識した。



「───…あ、ごめんね」
「いいよ。意識飛ぶってどんな感じすんの?」
「うーん、ぶつって切れる感じ。飛んでる時の事は覚えてなくて、気が付いたら五分くらい経ってる」
「へえ……、っと、病院の話だったな」



 興味深そうにトオルを眺めていた晃は、本来の用事を思い出して康之が淹れたお茶を飲んでから話を始めた。



「病院で長く居る看護婦とか患者さんに聞いてみたんだけど、確かに俺が小三の頃…十二年前に町の近くでバイクと車の衝突事故が起きて、その時バイクに乗ってた若い男が運ばれてきたって。意識不明の重体だったらしいけど、一応生きてはいる」
「一応?」



 トオルの疑問に晃は頷いた。



「起きないんだってさ、その人。親族以外には名前も病室も教えないでくれって言われてるみたいで顔とか確認出来なかったけど、今も病院で隔離されてるらしい。身体に異常はないし脳波も落ち着いてるんだけど、目を覚まさないんだってさ」
「……そう、なんだ」
「でも俺はあの時の事は覚えてるし、やっぱり顔も見覚えがあるんだよ。もしかしたらって可能性はあるかもしれない」



 そう言う晃に、しかし康之とトオルの表情は浮かない。
 例え本当にその可能性があったとしても、顔の確認は疎か病室に行くことも出来ないとなれば、トオルである事を確かめる術はない。



「親族は五年くらい前から見舞いに来なくなったって。連絡は取れるけど、五年前に両親が亡くなってその兄弟が連絡取れるようにしてるみたい」
「……、ひとりなんだね」



 あの家で目が覚めてから康之と出会うまでは二年程度だったが、それでもトオルにとっては長い孤独と哀愁の時間だった。
 そこに同調したのかトオルは寂しげに呟いて、直後に意識を飛ばした。ほんの数十分前に飛んだばかりなのに、と康之はトオルの顔を覗き込み、触れている場所の強い冷気に眉を寄せた。



「こんなすぐ飛ぶの?どうかした?」
「昨夜は最短で三十分間隔だったんですけど、さっきまで一時間で落ち着いていたのに。しかも感じる冷気が氷よりドライアイスに近い」
「冷気、」
「俺の肌に影響はないんです。ここに来てからトオルに触れるようになりましたけど、冷気の塊みたいなもので、意識を飛ばしている時は酷いと痛いくらい。今はこれまでで一番、火傷しそう」
「それって、トオルは大丈夫なのかよ」
「分かりません。ただ覚めるといつも通りで本人も異変は感じないらしくて」」



 トオルの肩に手を添えて抱き寄せるように力を込めた様子に、晃は目を細めてじっとその姿を見つめた。



「原因が分からないんじゃあ、どうしようもねぇもんな…。俺も手を貸してやりたいけど、唯一の可能性に会えないとなると」



 真剣に悩んでくれている晃に対し、康之は緩く首を横に振った。



「良いんです。むしろここまでしてくれてありがとう。家に戻ったら何か変化があるかもしれないし…」



 時計を確認すると、もう支度を始めておく必要があった。トオルが頻繁に意識を飛ばす中では一時間以上は余裕を持ってターミナルに居なければならない。



 

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