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中編
18
 



「で、出た…?」



 真っ暗で何も見えなかったが、振り返れば窓越しに康之が目を見開いている。
 トオルが再び室内に戻ると康之はその手を引っ張って、呆気に取られたトオルに言った。



「宿の外、出てみるぞ」
「えっ、…あ、うん」



 それから康之は手早く髪を乾かし、上着を羽織って部屋から出ていく。慌ててその背を追いかけたトオルは、すんなりと部屋から出られた事に驚いて振り返りつつもふわふわと康之を追った。

 一階に降りるとすぐ近くに夫人が居て、康之が散歩に出られるかと尋ねると柔らかい笑みで「森に入らなければ大丈夫ですよ」と答えてくれた。



「22時を過ぎるようでしたら裏口を開けておきますよ」
「いや、そんなに掛からないです」
「あら、そうなんです? じゃあ表は開いてますので」



 質の良い綿のような雰囲気の夫人は康之の隣に居るトオルに気が付かないまま、玄関の近くにあった懐中電灯を康之に手渡した。



「ここの夜道は暗いから、これ、使ってくださいな」
「ありがとうございます。あそこに戻せば?」
「ええ、立てておいて下さると助かります」
「わかりました、お借りします」
「どうぞ、気を付けてね」



 夫人に軽く頭を下げた康之は懐中電灯を手に靴を履いて玄関を開け、大股で外に出ると振り返った。
 目先でトオルがそこを抜けて目を瞬いている。



「出た、出られたよ康之さん…!」
「どこまで行けるんだろうな」



 歓喜に体を回すトオルを見ながら玄関を閉めて歩き出すと、確かに道はかなり暗く懐中電灯無しでは土地勘が無いと迷い込んでしまいそうだった。
 懐中電灯を点けてトオルの手を取り歩く康之と、その横で浮いているトオルは周囲を見渡しながら分かる所まで歩いてみた。


 バスターミナルから先は行けず、商店街は抜けても行けるようだったが先には林があったので引き返した。
 住宅地も歩けるが、町の住所から外れる場所ではトオルが遮られる。
 あまり広くない町をある程度歩き回った二人は、町の名がつく住所の区画だけはトオルが自由に移動出来るのかもしれない、と考えた。
 その中で見つけた唯一目立つ建物は、小さな町には不釣り合いな大きい病院だった。町病院にしては周りの建物や工場よりも立派で、都心にある設備の整ったそれと大差ない。



「随分でかいな」
「うん…、なんか怖いね」



 宿の周りよりも外灯は多く懐中電灯も不要だったが、それでも康之達が住む地域より少ない。暗い背景に薄明かりの灯る病院はかなりの雰囲気がある。

 病院を見上げる康之の隣で、トオルは自分の体が引っ張られるような感覚を抱いていた。それは宿に来る前に家で感じたものと同じかそれよりも強く、僅かな恐怖から康之の腕に抱き着いた。

 トオルの行動可能な範囲を粗方確かめた二人は宿に戻る道を歩く。大きい道路ではトラックや普通自動車なども行き交い、人通りも少なくはない。その賑やかさは宿に向かう十字路に近付くにつれ無くなり、風や虫、鳥などの鳴き声ばかりだった。

 懐中電灯で先を照らしながら歩く康之は、宿が見えてきた辺りで誰かが坂を下って来るのを確認した。

 向こうも明かりで気付いているだろう、道の端を歩き近付いてくる人物の姿が見えて来る。彼は目鼻立ちがはっきりした背の高い青年だった。
 明かりも無しに平然と道を進む彼に、地元の人であると察した康之は「こんばんは」と擦れ違う時に挨拶を投げる。
 青年は康之を確認すると挨拶を返してくれ、人懐っこい雰囲気で「宿のお客さん?」と問うた。



 


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あきゅろす。
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