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中編
15
 


 ───空席ばかりのバスから降りた康之は、朝の明るさに目を細めながら古びたバスターミナルを見上げた。
 夜行バスに乗って着いた町は教えて貰った情報のまま、森と山ばかりが視界を埋め高い建物が無く随分と涼しく感じた。
 ターミナルを背にして舗装された道を左に進むと畑や工場、木造の家が点々と続き、広い十字路に出ると右側の木製看板に「森の宿はこちら」と地図と共に書いてある。
 左の道には商店街入り口が見え、朝早くから何やら賑わっている。周囲の飾りから察するにどうやら祭りがあるらしい。
 その他に2、3階建てのアパートやマンション、木造建築の家や店などがあり、山や森ばかりの田舎とは言え過疎さは感じられない。


 康之は看板の通りに右に曲がり、緩い坂を上がって静かな道を暫く歩くと右側に寮のような建物が見えてきた。
 建物の先は森の入り口のようで、道もなく先は見通せない。

 森の宿は左隣にある畑と共に柵で囲われた建物で寮に似た二階建ての外観だが、壁も周りも綺麗に保たれていて不快感はない。
 引き戸の玄関から建物内に入ると、民宿というにぴったりな板張りの床と日本画などの装飾が控えめに置いてある。
 玄関の叩きの端に靴箱があり、祖父母の家、という言葉が浮かんだ康之は少し笑みを浮かべた。

 その場で室内に向けて声を上げると、奥から優しそうな柔らかい雰囲気を持った年配の女性が笑顔で迎えてくれた。



「いらっしゃいませ、ご予約して頂いた寺田さまで?」
「はい。急なご連絡ですみません」
「いえいえ、とんでもない。お部屋のご用意は出来ていますから、ご案内しますね」
「お願いします」



 靴箱に靴を入れて室内に上がると、しっかりした床は足に違和感無く馴染む。
 予約の電話で【森の見える部屋】を頼んだからか、彼女は二階へと康之を案内した。
 森の宿では朝夕の食事付きで食べる場所を部屋と居間で選べ、朝は起きないだろうと考えた康之は朝食抜きで夕食を部屋で食べる、と決めて伝えてある。
 二階に上がり奥の部屋へ向かった夫人について行き、一番奥で止まった夫人は「こちらです」と柔らかい笑みで言った。



「夕食は18時にお持ちしますね」
「お願いします」
「お風呂は階段を下りて右の通路の突き当たりにありますが共同なので、もしお一人でご利用されたい場合は朝の8時から21時の間であれば可能ですよ」
「わかりました」
「何かあれば玄関右奥の居間に主人か私が居りますから、いつでもお声掛けてくださいね。それでは、ごゆっくり」
「はい、ありがとうございます」



 夫人は頭を下げてから康之に笑みを向け、ゆっくりと戻っていく。その低い背を見送ってから部屋の扉を開けると、すぐ横にクローゼットが置いてあり奥にトイレの扉、その先が八畳程の和室で大きな窓からは快晴と鮮やかな緑の山々が望めた。
 ほう、と息を吐き出した康之は荷物を端に置いて窓に近付き開くと心地よい風が髪を撫でる。

 遠くに川が見え、生い茂る木々の葉が地を隠して建物などは無く、これは確かに二階の方が良く見える、と康之は暫く風景を眺めてから窓を閉めずに室内を見渡した。

 和室に合わせた木製のテーブルの盆には急須と茶葉、茶の子が乗っていて部屋の隅にポットが置いてある。
 小型のテレビは薄型で木枠の中に入っていてそこだけ妙に現代的に感じた。
 押し入れの中には分厚い敷布団と羽毛布団、毛布と薄いタオルケットも入っている。浴衣も用意されていて旅館に居る気分にもなれそうだ。


 急須に茶葉を入れポットからお湯を注ぎ、座椅子に腰掛けて一息ついた康之は風の音と時計の音に耳を傾け、都会の喧騒がまったくない時間に違和感を抱きながら茶の子に用意された一口サイズの饅頭を手に取った。



 


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