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中編
10
 


 ───湿っぽい梅雨が明け本格的な夏が顔を見せて来た7月。蒸し暑さが感じられる季節の休日はインドアに限る、と康之は部屋に引っ込んでいた。
 買い物は平日の帰宅前に寄り道して済ませているので、外に出る用事もない。友人達は康之を遊びや飲みに誘ってくるが、夏頃に送られてくる誘いの殆どは断りの返事を前提に考えられているので、康之は躊躇いなく「お前らの絡みが暑苦しいから冬に呼べ」と辛辣な返事をしていた。

 それとは反対に夏になるとトオルは常に機嫌が良い。トオルが不機嫌になる事自体基本的には無いが、夏は特に康之が休日に部屋から出ないからか嬉しそうだった。



「……あー…っ、うー…」



 だが日曜の今夜はトオルの顔にシワが刻まれ、座っている康之の周りを徘徊しながらもその目線は一点に向けられている。
 康之はそれを気にする事なく真顔でトオルと同じ場所、壁際の液晶テレビを見つめていた。



「……怖いなら観んな」
「怖いけど観たいの!」



 放送されてる映画はおどろおどろしいBGMに緊張感のある雰囲気を醸し出している。夏場の映画は専らホラー系で、毎週のように古いものから新しいものまでを流していて、平然と眺める康之とは反対にトオルはいつも落ち着きなくふよふよと動き回った。
 しかし嫌いなわけではなく、ホラーは好きらしい。
 トオルがその恐れられる幽霊という存在でありながら、作られた映像を怖がるのは康之からすると中々に面白かった。



「……くる?ねえ、これ来る…?、っうわー!」
「うっせえ。俺と同化すんな」



 驚かせるタイプのホラー映画は音楽のタイミングと雰囲気で何となく流れが掴めていた康之は、突然の大きな音にも身動ぎひとつなかったが、トオルは盛大に驚いて康之の体に埋まった。
 物体を通り抜けるので文字通り埋まるのだが、康之の頭の上から少し顔を出したトオルは必死な表情で画面を凝視している。
 出てこなくても見えるのに。
 最初こそ康之もトオルの行動に驚いてはいたが、流石に10年も居れば慣れてしまって突っ込みも力ない。



「───あー、怖かった!」
「お前のとんでも行動の方が怖い」
「康之さんオレが埋まってもぴくりともしないよねー」
「わざとやんな」



 康之の体から抜けたトオルは、エンドロールが流れる画面を背にしてふわふわと浮いていた。
 その表情は怖がっていた時とは違って楽しげに笑みを見せている。

 呆れながらも笑う康之に、トオルは嬉しそうに空中で転がりながら明るい笑い声を発した。



「もう寝る?」
「ああ、……起こすなよ」
「……ふあーい」



 こいつ何かやる気だったな、と康之は溜め息を吐いて、マグカップを洗いに立ち上がった。
 ホラー映画を観た後の夜は大抵トオルが康之にいたずらを仕掛けてくる。それは物音だったり布団を剥いだりと物体に触れないくせに器用なもので、たまに感じる冷気で夜中に起きてしまってトオルを叱るのだが、あまりにも楽しそうで毒気を抜かれてしまう。
 それは単純にトオルが映画の余韻で怖い気持ちを紛らしているに他ならない事を知っているので、起こされても寝落ちるまでトオルと喋ってしまうのが康之の日常だった。



 



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