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中編
03
 


 住まいの築年数はそう長くない。外観は少し古いがそれでも康之の生まれた後に建てられ、内装のリフォームも最近の物件に寄せられているから使い勝手も悪くない。

 そもそもこの変態男は最初から見えていたわけではなかった。
 康之は今まで霊視体験なるものをしたことがなく、霊感だとかいうのも無いからテレビで放送されるそういった類いの番組を観ても、部屋を下見に来た時も引っ越して来た時だって康之は何も感じなかった。
 管理人や不動産の人は不安そうだったけれど、商売なので部屋の良い所を次から次へと説明してくれたが、康之からすればその必死さの方が不気味だった。

 結局二十歳そこそこで契約した部屋の家賃は、相手の弱味を突いて遠回しに値切ったのでアホみたいに安い。
 他に住んでいる人は居るがこの部屋だけはどうしても埋まらず、入ってもすぐに引っ越してしまうのだと康之は隣人のオバチャンから聞いた。
 噂好きのオバチャンは、この部屋に関して色々な話を聞いてもいないのに聞かせてくれた。それはあくまで彼女の憶測や妄想が含まれているので、康之はどっかの映画や小説の内容を聞いている感覚だった。



「───前にねぇ、あなたくらいの若い男の子が居たのよ。でも何年前くらいかしら、事故か何かの不幸があって今も行方不明みたいで。 少し経ってから親族らしい人達が来て部屋を引き払って、荷物も運ばれて行ってねえ。 それからよ、新しい人が来てもすぐ出ていっちゃうの。きっとその子もう亡くなっちゃって、成仏出来ずに残っちゃってるのよね。───ほらよくあるじゃない、テレビで。あなたは何かあった?」
「いえ、なにも」
「そう?なら良いのよ」



 オバチャンはそう言いながらも少し残念そうで、その類いに興味津々である事がよく分かった。
 若くして亡くなったから未練があってそれがこの部屋に残っている。オバチャンはそれを信じているのか自信たっぷりに語ってくれた。

 しかし生憎と康之はその話に興味がなく、実際会ったわけでもないから聞き流していた。
 前の住人が亡くなった確証はないし部屋に居ても何も起こらない。オバチャンもその人がどうなったか分からないという、ただの憶測の話だからだ。


 けれどある日、康之が新しい職場の歓迎会から帰って酔いが回った気だるい体を床に転がして目を閉じていた時にそれは起こった。

 体を這いずるような冷気を感じ、康之が顔に乗せていた腕を少しずらして薄く目を開けた薄暗い中で映ったのは、半透明で困った顔をした男だった。
 康之の個人的な霊のイメージは、やはりテレビなんかでよくあるおどろおどろしい見た目。しかし目の前に居るのは生きている人間と大差ない、違いといえば全体が透けている事だった。



「……なにしてんの」
「っうわ!?、え、なに!?」
「なに、はこっちの台詞だ」
「み、みみ見えてる、の?」
「じゃなきゃ言わねーよこんな独り言。あんたここの……あー…幽霊?」
「えっと…、一応」
「一応?」
「住んでたんだろうけど、あんまり覚えてない」
「ふーん」



 康之が声を掛けると驚いた男が小さく叫び、テーブルにあった書類が落ちる。男は一瞬消えたが焦った声だけは聞こえて、ゆっくりとまた見えてくる。
 真横にスッと流れてきた男は、困った顔のまま興奮した様子で康之と会話をした。

 しかし康之は幽霊と会話をしている事実に興奮もなにもない。こちとら酔っ払っている身である。自分に信用がない。
 何を話しているのかも、相手が何を言っているのかも理解できるが、素面じゃないので幻覚幻聴もしくは夢である可能性もある。
 しかしそう考えてる時点で現実なのかもしれないとも思っていた。

 男の見た目は今時の若者と違わぬ明るさで、本人の性格なのか未練や怨念に巻かれた暗さは感じられなかった。
 それよりも他人と会話する事に対して積極的で、コミュニケーションは好きなのかもしれない。


 


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