中編
02
時間が過ぎるのは早い。
多くの選択肢、多くの期待や希望、夢、目移りするほどキラキラした幾つもの道標。新たな一歩、新たな人生が目の前に広がっているように感じていた成人式から早10年。
成人になってからの時間経過は恐ろしく早い、と教師や過去に働いたバイトの先輩たちも親も口を揃えて言っていて、それを聞いた当時未成年だった康之は「そんなはずはない、こんなに遅いのに、早く大人になりたいのに」と心底思っていた。
現実は体感二倍程の速度で二十四時間が過ぎ去り、気が付いたら一週間、半月、一ヶ月、半年、一年経っていたなんてザラで年齢が増えていくにつれ速度も上がっているような感覚に囚われた。
就職してからは特に顕著で、新人の頃はやらなければならない事の多さに目を回し、急がば回れなんてやってる余裕すらなかった。
失敗もした。怒鳴られもした。やめちまえとも言われた。
始めての就職先でブラックな会社に入ってしまったのが康之にとってプラスかマイナスかと考えたら、転職した今では根性諸々が付いて若干プラスだったのが救いである。
お陰でホワイト企業に転職した今では、大変居心地の良い労働時間を過ごせている。
社長は年がら年中小学生になったらしい孫の写真片手に社内を歩き回って出逢う社員に自慢しているし、秘書はその社長を探し回っている。
社員達は社長に出くわした社員を見たら秘書に密告する日々(特に康之はよく社長に会うので、最近は康之を探した方が早いなんて話もあるとかないとか)。
転職先の仕事は驚くほど順調だった。
嫌みったらしいワガママお局様も、自分の利益ばかり見ている小言好きな上司も、私情を持ち込んで仕事が疎かになる若い社員も、見た目で仲の良さが変わる女性社員集団もいない。
男の割合が多い会社だが暑苦しさもなければ、数少ない女の取り合いなんかも会社の中では今のところない。プライベートでどんな争奪戦を繰り広げようと構わないので康之自身は気にしていないが、飲み会の時でもそんな雰囲気は感じられない。
皆が自由奔放な社長の為に尽くそうと仕事をしている。
少年のような心を残した社長だが、立場は社長である事に変わりはなく自覚もしているので、やるときはやるのだから孫の写真片手に社内を走り回ろうが不安にはならない。
皆が会社を、社長を大切に思っているしそれは康之も例外ではない。
三十路を迎えてはいる康之には彼女もなければ当然結婚なんかもなく、遠い田舎の親からは度々電話で「死ぬ前に孫を見せろ」だなんて言いたいだけ言ってくる。
たぶんもう諦めているんだろうけど、口癖になって出てきてるだけだ。兄弟はみんな結婚して子供も居るんだから孫が一人も居ないなんて事もなく、年末年始やお盆休みには実家に集まっている。
長男でも末っ子でもない康之のお座なりな生き方なんて、生きてりゃそれで良い位にしか思ってない。結局最後はそんな感じの事を言って電話が終わるのだ。
康之の人生が堕落しているかどうかと考えるとそうでもなく、仕事は順調、私生活に金銭的なトラブルもない。
強いて何かあるとすれば、今の会社に移る際に引っ越し先を探していて事故物件で格安だったから選んだこの部屋に、透けている若いイケメンが居た事くらいである。
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