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中編
◇届く距離にいるというのに。
 

 佐東と共に指定された店へ着くと、そこはこじんまりとした洋食店だった。
 予約制のそこは、佐久間さんの知り合いが営んでいるらしく、あの柔和な人の知り合いとはどんな人なのかという興味と、再び彼に会えるという単純な喜びと期待があった。

 欲にまみれているな、と苦笑したのはいつだったか。



 店内に入ると、既に佐久間さん達はそこにいて席に案内される所だったらしい。
 挨拶もそこそこに、真ん前に居た彼が微かに驚いたように身を固め、誤魔化すように頭を下げたのを知って頬が緩む。
 それに気付いたのか、彼は僅かに目を見開いた。
 わざと真後ろに立ったことに、彼は気付いただろうか。ちょっとした悪戯心だ。





「では、お飲み物をお選びください」



 佐久間さんの知人である日野さんは、反対な雰囲気を持っているように思えた。
 それでも接待での笑みは柔らかい。
 佐久間さんを温とするなら、日野さんは冷なのかもしれない。


 各自飲み物を決めると、後の食事は決まっているらしく佐久間さんは申し訳なさそうに「勝手に決めてしまいましたが」と苦笑したが、特に問題は無かったので構わないと返した。



「───まあ、企画の事は全体的に決まっていますし、気楽に食事ということで」



 飲み物が運ばれ日野さんが個室から出ると、佐久間さんは穏やかに笑みを浮かべて言う。
 合同企画に関しては、特に難しい事をどうこう話し合う必要はない。
 殆ど互いに書面で送りあっていたのもあるけれど、何故かすんなりと案は通るし、相手側からの案も然したる問題もなかったのだ。
 これほどスピーディーな仕事は他に無いだろうと思えるくらいに、この企画は頭を悩ませることなく進んでいる。


 どの仕事もこんな感じなら良いのに、と思うのも仕方ないことだろう。



「私個人としては貴社との親交を深めたいですから」
「ありがとうございます。こちらこそ」



 今までに関わってきた幾つもの会社の人間と比べてしまうのはアレだが、人間いつでも他人を比べて優劣を付けてしまう。
 この人はその幾つもの会社の中で、かなり付き合いやすい人間だ。
 性格もあるんだろうけれど、変に堅苦しくなく常に穏やか。
 怒る時があるのだろうか、と気になってしまう。



「そういえば倉科さん、突然ですが今おいくつですか」
「本当に突然ですね。26です」



 いきなり年齢を聞かれるとは思わなかったからか笑ってしまったが、佐久間さん自身が笑っているので気まずくなることもなく。



「いや若く見えるから。随分落ち着いてますね」
「そうですか?立場が立場なので、そのせいかと」
「しっかりしてますよ。26歳って言ったら、うちの須藤も同じ歳かな」



 穏やかに進んでいた会話だが、彼の名前が出た瞬間に鼓動が大きく波打つ。
 ちら、と彼を見やると、意外にも彼は自身に矛先が向くと思っていなかったのか、若干笑みが引き攣って見えた。



「お前も随分落ち着いてるから、年齢を忘れそうになるよ」
「佐久間課長、俺をいくつだと思っていらしたんですか」
「え?うーん。いくつって断定出来ない人って居ない?それだよ」
「確かに居ますけど…」
「でしょ?年齢を予想出来なくさせる雰囲気あるよね」
「あるんですか」
「あるんだよ」




 …随分と息の合った会話だ、と思う。
 仲の良さを悪いとは言わないが、なんかこう、モヤモヤしてしまうのは個人的な贔屓目というもののせいだろうか。


 うらやましい、という嫉妬だろうか。


 何にせよ、二人の会話が微笑ましく思えてしまうのも事実なのだ。
 自然に笑みを浮かべてしまうほどに。


 

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