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中編
29
 


 八百屋の次は蕎麦屋だ、と商店街の端まで久住さんは車を移動させた。宿所から持ち出した時よりも半量になったスイカたちをさらに半分持って、店の勝手口を叩いてから開いた。



「三神さん所のスイカは今年もでかいな」
「なんか来年あたり小玉も作ろうか考えてるっぽいよ」
「そりゃあ良い」



 太鼓のようにスイカを叩いた店主は、近くにあった棚から蕎麦饅頭を出してくれた。
 蕎麦が好きなんだろうなと思うくらいに饅頭を褒めちぎる店主に、「それもう何百回も聞いたから」と笑う久住さんはしかし嫌そうでもなくちゃんと聞いている。

 饅頭の良さから蕎麦の良さに変わっていた話が一段落つくと、語って満足したのか店主は久住さんを指差して言う。



「楓ちゃんは晃がしつこくて大変だろ?」
「…そうですね、年上に思えなくてどうしようかと」
「本当になあ!」
「ちょっとお二人さん俺の事嫌いなのかよー」
「馬鹿、愛情だ愛情。な、楓ちゃん」
「らしいですよ?」
「楓は愛情じゃないんか」
「どうでしょう」
「腹立つなー」



 俺と彼との会話を聞きながら笑っていた店主は、「楓ちゃん、東京帰る前にうちの蕎麦も食べてってな」と蕎麦饅頭を差し出しながら言った。
 明日は祭りだし、最後の日に食べようかなと考えながら「じゃあ明後日にでも」と饅頭の礼と共に答えてから車に戻る。


 最後に甘味屋へとスイカを届け、寄り道だと言ってその店でわらび餅を頂いた。
 曇りのない透明な餅に黒蜜ときな粉をたっぷり掛けたそれは、今までに知らなかった食感だった。


 甘味屋を出て商店街を見回すと、いつの間にか周りは祭りの飾りがそこかしこにあって、提灯が目立っている。
 目の前を走っていく複数の子供は祭りの雰囲気に興奮しているようだった。
 特別ななにかが迫っているというわくわく感を、最近は抱いていなかったなと小さな背中を見送りながら思う。


 祭りなんて、高校生の頃に行った近所の河川敷の花火大会が初めてだった。人の多さと密集率に気分が悪くなってしまったのをよく覚えている。
 正直あまりいい思い出はない。



「午後から神輿担ぎの予行練習したり祭りの準備したり、忙しいはずなんだけど皆のんびりやってんな」
「毎年なら慣れているからでしょう」
「年寄りばっかだしな」
「若い手も必要ですよ」
「しゃーない、頑張るから明日ちゃんと来いよな」



 神輿は午後だから、と教えてくれた久住さんは甘味屋の中にある時計を確認してから言う。



「まだ少し暇だし、ここらへんふらつこうぜ」
「はあ、」



 彼も彼でのんびりだなと呆れた笑みが出て、歩き出した久住さんを追う。

 この小さな町にもゲームセンターがあって、中にはインベーダー等の都会ではあまり見ない昔のゲームが並んでいて、最新機種で埋まる向こうとは違い一昔前の機械が多かった。
 中学生くらいから四十代くらいまでの人達がちらほらゲームで遊んでいて、小さい子たちは皆駄菓子屋の方に集まっている。


 ゲームセンターに入ると、表から覗いた時より奥行きがあって広く感じた。



「楓はゲームセンターとか行く?」
「トモダチと行きますよ。ここより煩いのであまり好きじゃないんですが」
「ここもうっさいけどな」
「向こうより静かです」



 大きなゲームセンターとなると、話し声すら張らないと届かないのだから喉も疲れてしまう。

 奥に行くとレーシングゲームなどの大きな媒体が並び、プリクラには高校生くらいの男女が楽しそうに騒いでいる。



「───あ、晃ちゃんだ!」
「おー、ちゃん付けんな」
「珍しいじゃんゲーセン来るの!」
「晃ちゃん祭りの準備しなくていいのかよー」
「あっきーなにしてんのー?」



 プリクラ機を通り過ぎる時、男女四人組の高校生が久住さんに話しかけてきた。とても親しげで彼も笑っている。


 


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