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中編
25
 


 片想いはしている。
 彼女が疑うような関係ではないのは確かだが、片想いの相手が彼である事もまた事実だった。
 なのに今は、少し違っているように思う。
 片想いの時間が長過ぎて麻痺しているのか分からないが、まだ片想いなのだろうかという疑問が浮かんだ。


 携帯を放り、掛け布団を被る。
 真っ直ぐに自分を見てくる強い目が、時折掠れる低い声が、どうにも頭の中の彼を押しやって主張してくる。
 まだ、まだダメだと思った。
 上書きするなら、帰る日にしてほしいと自分の事なのに願い望んだ。


 片想いの彼は俺にとって毒だった。
 周囲の酸素とは違った毒は長く心を蝕んで満たしていく。縛り付けるように纏わりつくその毒は、直接会うたびに、声を聞くたびに強くなる。
 電話をしている時も確かにそうだったはずなのに、いつの間にか彼の毒は俺の中から減って別の毒が入り込んでいた。





 ───薄暗い部屋で目が覚める。
 考えながら寝てしまったのだと時計を見ると、4時をさしていて溜め息が出た。


 静かな外の空気を吸いたくなって縁側に出ると、朝明けの香りがして深く吸い込んだ。涼しい空気を体内に取り込み、ぼんやりしていた頭が晴れていく。

 膝を抱えて座り、少しだけ開けた戸に寄り掛かる。畑の野菜は色鮮やかに自己主張していて風に揺れる木と葉の音に耳を傾けた。
 眠気は無くなったが目を閉じ、音と肌を撫でる風と空気の匂いを感じて乱れた心中を落ち着かせようと呼吸を深く繰り返す。


 滞在も4日目となれば環境に体が馴染んできているのか、疲れは殆どない。
 ずっと怠さを抱えていたのだと始めて気付くくらい体はすっきりとしているのに、頭の中はごちゃついていた。



「───おや、早いね」
「……あ、おはようございます」
「おはよう」



 背後からの声に振り返ると着流しの御主人が居た。
 いつの間にか蝉の声も耳に入って、もしかしたら少し寝ていたのかもしれない。心地好い風が肌を撫でていく。



「今日はスイカが採れるかな」



 縁側に立って外を見る御主人の言葉に、そう言えば奥の方に立派なスイカが育っていたなと思い出す。
 畑は広くてここからは見えない。あのスイカ達を運ぶのは大変そうだ。

 さて着替えて来るかな、と御主人は宿所の奥へと緩慢に歩いて行った。
 背中を見送って立ち上がり戸を閉めてから部屋に戻ると、さっさと着替えてから携帯も見ずに部屋を出た。今はまったく見る気がしない。





 畑の奥に充分なスペースを使い育ったスイカは、ひとつ抱えるのに両手が必要な大きさで南瓜の倍ほど重かった。
 はっきりと浮き出た黒い模様のスイカたちは、緑との境目を綺麗に見せていくつも転がっている。中には小ぶりな物もあって、まだ大きくなるという御主人の言葉にその小さなスイカへ「がんばれよ」と声を掛けた。


 縁側にスイカを並べるとその大きさ故に窮屈そうで、叩くと気持ち良い音が鳴る。



「そこの桶に水汲んでくれんか? ───あぁ、井戸水の方が冷たいぞ」
「わかりました」



 立て掛けてあった桶を持って行き井戸水を桶に入れると、御主人がスイカをひとつ抱えて来てそこに置いた。



「おやつの時間にゃ食べ頃だ。縁側で食うと旨いぞ」
「楽しみです」



 老夫婦には多すぎるスイカ達は、例によって久住さんが買い取りに来るらしい。
 顔を合わせ辛いと思っているのは自分だけなのだろうが、気まずく感じているとは悟られないようにしよう。
 今までに慣れた行為だ。

 畑仕事の手伝いを終えて、老夫婦と朝食を済ませて洗い物を引き受けていると、居間の黒電話が鳴った。



「───はい、『森の宿』です」



 電話は御夫人が対応していて、そういえばここはそんな名前だったなと思い出し、食器に付いている泡を流した。



 

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あきゅろす。
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