中編
22
途切れない蝉の声を喧しいと思うこともなく、生温い風が髪を揺らして顔を撫でるのをそのままに手を弄る隣人を眺める。
「ここの皆さんは家族のように親しいから、きっと俺みたいな関わり方をしている人たちが冷たく見えるかもしれません」
「……まあ、向こうに行った時にはさ、めちゃくちゃ人が沢山居て驚いたよ。一緒に騒いでる連中も見たことあって、仲良さげに話してたけど、やっぱりなんか、一言喋るってだけでも言葉を選んでる気がした」
きっとその時見たのは、全員が全員知り合いで親しいわけではない集団だったのだろう。
「怯えながらの探り合いみたいな感じ」
「空気を悪くしないようにでしょう。本当に親しい間柄なら家族のような付き合いをしている人もいますから」
「まあね、そりゃ、皆が皆そうだとは思ってねぇけど……、何回か行って、向こうの人達見てると楽しそうにしてるけど、いつも何か違うなぁって思う」
楓もそうなの、とこちらを向いた彼と視線がぶつかり何故か居たたまれなくなって目をそらした。
「壁はあります。トモダチって言ったって何でも言い合ったりするほど親しくはありません。あくまで俺はそうです」
「今も?」
「久住さんは出会って間もないですから」
「……何で俺が楓の理由を知りたがってんのか気にならないの?」
「どうでしょうね」
「その返し腹立つなー」
胡座を組んでいた足を伸ばした隣人は後ろに手をついて頭を仰ぎ笑った。
ポケットの中の携帯は、早く出ろと主張し続けている。宿所に居るから電源を落とそうかと考えていたら、「しつこいな」と苦笑混じりの声が問い掛けてくる。
「一回出るか、何か送っとけば?」
「……電源切りますか」
「それで良いの」
「……」
きっと向こうへ戻った時に問い詰められるだろうが、前以て言ってあるのに掛けてきているのだから咎められる筋合いはない。
それに今は何故かとても聞きたくない。
掛けてきているのは彼だろう。破局した事で色々と言いたいのかもしれないが、俺じゃなくても言える相手はいるはずなのに。
こういう所があるから、俺はいつも彼への想いを消せずに引き摺っていく。
頼られる事が嬉しいと思っていた。
息苦しかった時もあったし、離れたいとも思っていたのに離れられずにいつまでも緊張している。
震えが止まった携帯を出して通知を見ると、やはり彼からの着信と「忙しい?」というメッセージが入っていた。
その前のメッセージもあるが内容は分からない。
そんなに話をしたいのだろうか。
「……部屋に戻ったら掛けてみますね」
「今で良いよ」
「え?」
振り返ると同時に再び震えた携帯。
気にしないから、と笑うでもなく言った久住さんは、俺の手の中にある携帯を指差した。
「大事な話かもしんないし」
「………」
終わるまで待ってるから、と言われて疑問が浮かんだが、振動がしつこく手が痺れそうだったので画面をタップした。
「……はい」
『やっと出た!忙しいの?』
夏休みに入ってからメッセージのやり取りだけだった為、久しぶりに声を聞いた気がした。
少し高めの、少年のような声が耳に入り込んできて違和感を抱く。
声も好きだったはずなのに、喋っているその音が高過ぎる気がした。
「連絡取れないって言ったのに」
『ごめん、どうしても平塚に聞いてほしくてさ』
「来週とかじゃダメなの?」
『いや、南と喧嘩して、その理由が何か訳わかんないんだよ』
どうしても今が良いらしく、日程の話を持ち出しても彼の話で上書きされてしまった。
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