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中編
13
 



 暗闇に目が慣れるとこうも見やすくなるのかと考えていたら、目が合って首をかしげる。



「帰り際に会えたら教えてくれんだよな?」
「…何でそんなに知りたいんです?見知らぬ都会民の息抜き理由とか」
「……、あんたが教えてくれんなら言う」
「じゃあ聞きません」
「……腹立つなー」
「ふは、短気は損気ですよ」
「短気じゃねぇって。怒ってないし」



 そうですね、と言うと彼は鼻で笑って後ろに手を置いて空を仰ぐ。

 親しいわけでもないのに居心地悪くならないのは何故だろうか、と膝を抱えて湖を見つめた。
 暫く沈黙が続き、少しだけ眠気を感じていると彼が口を開いた。



「いつ宿所帰んの」
「……眠くなってきたので、もう帰ります」
「そう」



 欠伸をしていると隣で立ち上がる気配がして顔を上げた。
 身長差で離れると暗くてよく見えない。



「ほら、行くぞ」
「え?」
「帰るんだろ、途中まで一緒に行く」
「別に気にしなくていいですよ」
「いーから立つ」
「……強引」



 懐中電灯を手に立ち上がると、彼は満足したように俺の顔を見て歩き出した。
 夜道は危ないから、とか言うのかと思ったが、彼が言いそうな言葉ではない気がしておかしく思う。

 臭いで分かるほど酒を飲んでいるはずなのに彼の足取りはしっかりしていて、さくさくと進んでいく背中を見ながら懐中電灯で足元を照らした。



「たまにここらへん夜はイノシシ走ってんだよ」
「え」
「宿所の先に行くとよく会う」
「危なくないですか」
「ちっせーのが飛び込んでくるけど、避けられるから平気」
「それ危ないです」
「慣れだ慣れ」



 商店街を抜けて外灯が減った道を、彼の地元話に返事をしながら歩く。
 気が付くと宿所の前で、「途中って言いましたよね」と聞いたら何故か「ばーか」と返された。子供か。



「じゃあな」
「……どうも」



 やっぱり気怠げに歩く後ろ姿を見送り、来た道戻ってるし途中までじゃないし…と心中で突っ込みながらも、送ってくれた然り気無くも強引な優しさに笑った。

 変な人だなと呆れつつ、裏手の扉から宿所の中へと入った。




 部屋に戻って詰めた息を吐く。
 懐中電灯をテーブルに置いて、寝間着に変えてから布団に体を落とす。

 低い声が頭の中に残っている。
 ぶっきら棒なのに痛くない言葉と声が、不器用な気遣いと一緒に記憶の中で再生していた。

 ここの人達は気遣いが上手い。気さくに話し掛けてきて、それなのに奥まで踏み込んでは来ないけれど相手をよく見ているから感じ取るものもあるんだろうか。
 家族よりも家族のような錯覚に陥りそうになるくらいに、自然と包み込んでいる。

 それなのにここで育っている彼の気遣いはどこか不器用で、我儘な自己満足に近い。
 たった一時の関わりだからそのイメージになっているのだろう。けれどもやっぱり、彼が自分の理由を知りたがるのかは分からない。
 御夫人は彼を知りたがりだと言っていた。出会った初対面の人間に訪れた理由を聞くのが好きなのだろうか。


 それでも、言う気にはなれない。
 俺が彼に「帰る日に」と言ったのは、二度と会わない可能性が大半だったからだ。
 一期一会であればこれだけ離れた土地の人間に理由を話した所で、全国ネットに晒される確率は低い気がした。

 ただ、彼にはいつ帰るかは言わないし、老夫婦も居る時に俺が彼に期間を言わなかったから、それをわざわざ教えるとは思えなかった。
 時計は22時を指していて、眠気に従って明かりを消して布団に潜り込む。
 楽しげに地元の話をしていた低い声がまた脳裏に浮かんだ。



 

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