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中編
12
 


 地面に置いた懐中電灯を転がして、月明かりでキラキラしている水面を眺めた。
 あと四日ここで過ごせる。それから向こうに戻って、どうしようか。

 バイトをして、夏休みが開けたら大学へ行って、また同じように繰り返すだけだ。
 携帯が震えて取り出すと、メッセージがいくつか入っている。

 なんとなく通知欄だけを開くと、連絡が取れなくなった事への心配やら遊びの誘いなどがあって、その中には片想いの彼からの連絡も入っていた。
 一週間は地元に居ないと言ってあるはずなんだけどな、とため息が漏れて、ポケットに端末を突っ込んだ。


 自然と呼吸を繰り返し、深く吸い込んだ酸素を二酸化炭素に変えて吐き出しながら後ろに倒れ込んだ。
 夜は肌寒い。上着を着ても肌に触れる風は少し冷たくて、懐中電灯を手繰り寄せて明かりを消した。

 月明かりは、まだ湖を照らしている。





「───流石にここで寝たら風邪引くだろ」
「っ…!?」



 目を閉じたその瞬間に落ちてきた低い声に、全身が強張って息が詰まった。
 ついでに唾液が気管に引っ掛かり噎せると、「大丈夫かよ」と心配する言葉がまた降ってきた。



「……っなんで居る…」
「飲み屋に居たら見掛けたから」
「なんでついてきたんです…」
「なんとなく」



 隣に腰を下ろしたのは、タオルを頭に巻いたツナギの彼だった。
 よく明かりもなく歩けましたね、と言えば、彼は「夜道は慣れてる」と当たり前のように返した。



「入水自殺でもすんのかと思った」
「しませんよ…、死にたいわけじゃないですから」
「ふーん」



 いくら悩みがあったって、生きることが苦痛とは思っていない。周りの酸素が毒だとしても、殺されるかもしれないと思っても、死にたいとは考えなかった。
 なんでここに来たの、と酒の匂いを纏った彼は平坦な声で聞いてきた。



「……日中とは違う景色を見に来ました」
「なんも見えねーじゃん」
「月明かりで辛うじて見えます」
「楽しいのか?」
「楽しい…わけじゃないですね」



 さっきまでの思考を抱えていれば楽しくはない。
 上半身を起こして隣を見ると、思っていたより近くにいて驚いて肩が上がる。



「……酒臭いです」
「飲み屋に居たからなー」
「近い」
「パーソナルスペース狭くね?」
「……都会民なので」
「あー、そう。まあ気にすんな」
「はぁ…」



 彼は何なんだろう、とよくわからない疑問を抱えて溜め息が出た。
 親しい人たちばかりだから自然と他人との距離が近くなってしまうのだろうか、と考えるも、年齢と見た目くらいしか知らない相手とここまで近付けるのは理解出来ない。

 胡座を組んだ彼は湖に目を向けたまま、眠そうな声で言った。



「あんた幸薄そうだよな」
「何でそう思ったんです?」
「……肌白くて細っこくて、顔が憔悴してるように見えたから」
「昼間暑かったですし、」
「怯えてんなぁとも思った」



 隣を見れば彼は前を向いたまま、頬杖をついていた。
 あの短い時間の中でよくもまあそこまで見つけたものだと感心するが、土足で踏み入って良い所とそうではない所がある。



「じゃあそうなんですかね」
「…は?」
「怯えているのかもしれませんね」
「……なんか腹立つ」
「自分で言ったのに?」



 少し笑うと、彼は黙ったままこちらに顔を向けた。



 


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