中編
05
予想していなかった言葉に唖然とする。
服を掴む手に力が入ったのが分かって手持ち無沙汰だった両手を使い、優しく包むように抱き締めた。
柔らかな髪に鼻をつけ、じわじわと上がってくる愛しさに満たされて目を閉じる。
「……好き」
翔君は喋らなかったけれど、その手の強さが答えに思えて力を込めた。
少しの間そうしていたら、翔君に服を引っ張られて「苦しい」と言われ咄嗟に謝りつつ体を離す。
顔を上げた翔君はいつもの無表情で、深い呼吸を数回してから目を合わせてくる。
「大丈夫?」
「うん」
「ごめんね、つい感極まった」
「由貴はいつも素直」
「え?」
翔君の言葉に首をかしげる。
素直っちゃ素直だろうな、とは思う。方便にならない嘘は好きではないし、吐く理由もない。
自分の気持ちに素直でもあるけど、翔君の言うそれは多分、さっきの欲情とかいう危ない言葉を指している気がした。
言わなくても良いことで、いくらでも誤魔化せる事で、だけど俺は何も隠さずに吐き出した。
「素直過ぎるのも考えもんだよね」
「そんなことない」
「だってさあ、気持ち悪くないの?男に欲情するとか言われて」
「由貴は気持ち悪くない」
「俺?」
「嬉しいと思った」
「え」
真っ直ぐな瞳に貫かれる。
たった一言で翔君は俺に色んな感情を抱かせて、俺はいつもその言動に驚かされている。
目を細めて笑うその表情に、今まで何ともなかった顔の熱が上がり、心臓がうるさくなってくる。
顔が赤い、と愉快そうな声で言う翔君に、ただドキドキした。
「……俺ヤバイかも」
「なにが。勃起した?」
「……翔君の発言のがヤバいわ」
隠さないその危ない言葉も可愛いけれど、せめてそっちの発言はオブラートを使って欲しかった。
けれど俺も翔君とあまり変わらない。
ちょっとね、と正直に言うと翔君は珍しく声を上げて笑う。
くそー、振り回されてる気分だ。
「由貴、」
「うー…」
「俺と付き合って」
「うえッ!?、っごほ…!」
翔君からの突然の告白に噎せた。
くすくすと笑う翔君が可愛いのに、その目は真剣で真っ直ぐにこっちを向いている。
ふざけてるわけじゃない。
いつもみたいなふざけ合いじゃない。
だからこそその衝撃に息を飲むしか出来なくて、頭が沸騰しそうになる。
「由貴、大丈夫」
「翔君……バカ…」
「なんで」
「バカ…、俺が言いたいのに。バカーっ、喜んでお願いしますううう」
「ふは。そういうとこ好き」
ぎゅう、と力を込めて抱き締めると、笑いで体が揺れる翔君がそれを返してくれて、さらに嬉しくなる。
こんなことがあっていいのか。
こんな幸福があっていいのか。
ああ、もう、幸せだ。
自分のチョロさもあるだろうけど、翔君に言われたら勝てない。
結局また翔君に苦しいと言われるまで抱き締め続けて、ようやくベッドから出たときには日付が変わってずいぶん時間が経っていた。
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