中編
04
ぼんやりした頭で目を開いた俺は、瞬時に目が覚めた。
口に触れるふわりとした髪の感触と自分が枕のように抱き込んでいる温もりに、正しく一瞬で覚醒したのである。
起こさないようにと無意識に身動きしなかった自分に感心したものの、穏やかな呼吸を繰り返す存在に寝起きの心臓は忙しなく走り出している。
なにせ、抱き込んでいる存在は明らかに自分の体に腕を回しているのだ。男同士云々の前に翔君だからなのか嫌悪感なんてなく、ただ背中にある手の感覚も胸元に顔を寄せている事も、酷く愛しく同時にやけに興奮してしまう。
早い鼓動が伝わっていないか少し不安になったけど、ぐっすり寝ている様子を見れば気にしなくても大丈夫そうだ。
ベッドヘッドに置いた携帯を取って時間を確認すると、22時を回るところだった。
結構寝たなと思いながら欠伸をして、けれど起き上がるのが勿体ない。
このまま寝てても良いかなと思うくらいに、抱き込んでいる温もりが愛しい。
好きになっちゃったんだなあ、と他人事のように思った。
好きは好きだけど、それは人としての好意。俺はそれを恋愛感情に進化させたらしい。
流石の翔君もホモは嫌だろうな。
ゲイではないけど、翔君には欲情することをさっきの興奮で確認しているし、いくら抱きついてきていてもそれは無意識に温もりを求めた結果で、やはり男に欲情されたら気持ち悪いと思うだろう。
進化した途端に捨てなければいけない感情で関係を壊してしまいかねないモノならば、募ってしまう前に潔く捨てた方がお互いにこのまま仲良い仕事仲間や友人で居られる。
折角ここまで仲良くなったのに、この関係をあっさり壊してしまうなら。
「……無かった事にしよう」
「…なにを」
「え」
息を吐くように呟いた言葉への返事に、体が強ばった。
くぐもった声は確かに抱き込んでいる翔君のもので、顎に触れていた髪が動いてとんでもない近距離で翔君と目が合う。
起こしたか、と呆然と聞くと、少し前に起きてた、と予想外の解答が返ってきて目を見張る。
抱き込んでいる事も、背中にある手も位置は変わってない。
このままキスが出来そうな近さに息を飲み、じっと見つめてくる目に呼吸がしづらくなる。
「なにを無かった事にするの」
寝起きなはずなのにしっかりと目を開き、ハキハキ喋る翔君に再び問われる。
誤魔化せない、と思った。
別の言葉だって言えるはずだ。ばか正直になる必要はない。
なのに、さっき無かった事にしようと決めたはずの答えが、口から滑り落ちた。
「…欲情するくらい、翔君が好きっていうおかしな気持ち」
ふざけたように言って苦笑いする事しか出来なかった。
案の定目を見開いた翔君は、けれど目をそらす事も離れる事もなく、俺の言葉を飲み込むようにゆっくり瞬きをする。
寝起きから欲情だなんて言葉聞きたくねえよなあ、しかも仕事仲間の男から。
そう思えば苦笑いしか出ないし、申し訳ないという気持ちばかりが沸き上がる。
───ごめんな、変なこと言って。すぐ忘れるから。
言いながらもさわり心地の良い髪に触れ、離れ難くも体を離そうと身動きをした瞬間に、背中の手が服を掴んだ。
ぐ、と引っ張られて体を起こせず、戸惑いながら真下を見ると、俯いた翔君はしっかりと俺に抱き着いていた。
「……忘れなくていい」
小さな声が、確かにそう言った。
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