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中編
03
 


 大丈夫、とほんのり笑った翔君に撃沈してつい手にしていたお菓子の箱を滑り落としてしまった。
 もー、可愛いこいつ歳上だけど。頭撫で回したい。

 しかし翔君は追撃を開始した。



「もー今日寝てく」
「え、まじで」
「あ、だめ?」
「いいえ大歓迎」
「大歓迎て」



 思わず本音が漏れる。
 しかしこんな良いことばっかりあっていいのか。いいのか。
 でも断るなんてあり得ないから素直に万歳したら笑われた。



「新しい歯ブラシあるから使いなよ」
「ありがとう」



 風呂は起きた時で良いかと互いに納得して、風呂場で隣りで鏡に向き合って歯を磨くと、鏡越しに目があって、翔君が歯を見せて口だけで笑いやがったせいで泡を噴き出した。
 ひははい、と歯ブラシを加えたまま無表情で言った翔君を軽くどついたら「ふははは」と抑揚なく笑われる。

 なにこの楽しさ。
 友達が泊まりにくることはよくあるけど、騒がしくはないけど、こんなに楽しい気持ちになったことはない。
 もちろん友達と居ても楽しいけど、溢れ出しそうなわくわくじゃない。


 好きだなあ、と思ったら、その気持ちがストンと落ち着いて、鏡越しの翔君と目があって、今度は俺が変顔をしてみた。
 が、真顔で見つめ返されて数秒、耐えきれなくなってまた噴き出した。翔君強くない?


 口を濯ぐ間、どうやったら翔君を吹き出させることが出来るのかと思案することに費やされ、決まらないままソファに落ち着いた。



「翔君ってさあ、」
「うん」
「くすぐり効くの」
「うん」
「え、効くの」
「たぶん」



 たぶん?
 隣でクッションをもふもふする翔君を見て首をかしげると、見返す翔君は「あんまやられたことない」と言った。
 あー、まあ、この歳でくすぐりってあんまやらないよなあ、と思いながら脇腹をつついてみるけど特に反応がない。
 効かないのかな、と色んな場所を軽くつついたりしたけど無反応。つまらん。
 つついていくうち、手が耳の後ろを掠めた瞬間にびくりと翔君の肩が揺れて俺が驚いて、目が合う。



「「耳か」」



 なぜか同時に呟いた。

 知らなかったのかと聞けば、基本的には何をやられても何も感じなかったり我慢できたりする程度なのだとか。
 けれどもなぜか今、耳が効くらしい。

 外側を耳たぶから上へと滑らせたり後ろを撫でたりすると、小さくはあるものの反応がある。これは面白い。
 しばらく耳やその周りを触っていたが、不意をついて脇を擽ってみた。



「ぶ、はっ」
「おおう、ビックリした」



 そしたら翔君が小さく吹き出した。
 手を止めると翔君と目があって、同時にニヤリと笑う。



「耳やってると効くのかな」
「ふは、自分のことなのに他人事とか笑う」



 自分で体を撫でている翔君は不思議そうに首をかしげていて、自分でも気付かないような事を知った俺は嬉しくて仕方ない。

 一頻り戯れたあと、もう寝ようかと動いた結果なぜかナチュラルに布団に二人で寝る形になった。
 ドキドキするような、でも落ち着くという矛盾を抱えたまま、ふと脳裏に浮かんだ言葉がふわりと違和感なく底に着いて、あれ、と思ったもののすぐに眠りの中に落ちていった。


 


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