中編
2
何も考えないで、槙野に委ねる。
それは、この熱を逃がす方法。ひとつしかないそれを、俺はやりたくなかった。触れられなかったのだ、自分に。
いつ終わるかも分からないこの熱を、一度でも放出したら、更なる熱が追い詰めてくる。ひとりでそれを処理するのは苦痛以外のなにものでもない。
ひとつのスイッチなのだ。今はまだ滲み出ているだけの熱の蓋を開けるということ。
この手の類いのものは今まで何度か見てきた。それでも必ず二人だったし、処理する相手がどんな形であれ居たのは確か。
こいつは一人では処理出来ない。風紀委員長もそう言って、苦々しい顔をしていた。
どこから出回っているのか。どこで手にいれているのか。
摘んでも摘んでも新しいものが出てくるのだから、愚痴を言いたくもなるか。
このままこうしていても、苦痛が長引くだけ。分かっている。
だけど、槙野に処理をさせる、という事実が、委ねることを思い留まりたくなる。
するり、と頬を撫でる感覚に、喉から息が引っ込んだ。
「早く、選べ」
「……っ、はぁ…っ」
頬を、首筋を撫でるその手の催促は普段なら何も感じないが、今は酷く痺れてくる。全身に電気が流れるような、ビリビリとした感覚。
ダメだ。なにが。
恐れているのか。なにを。
「小野宮、」
「は、…っ…」
「俺は、お前を助けたい」
「…っ」
「だから、言えよ」
───助けて、と。
「もう強がる理由はねぇんだよ。あの時もお前は言わなかった。会長だったから、言えなかったんだろうが。今は、違うだろ」
「……ま、き…」
あの時も。
あの時の俺を、槙野は知っている。
生徒の前では変わらず振る舞っていたはずだったのに、生徒会長だからという理由で貫いた意思を、内側の弱さを、槙野は知っていたのか。
───あの時、転入生の側にいたお前が。
ただ転入生の側にいて、生徒会室で俺を見ていたのは。
「…言えよ」
俺が引きこもっていた生徒会室に、入るためか。
お前はずっと、その為に居たのか。
あの争奪の中でひとり無関心だった理由は委員長から聞いていて知ってはいる。けれどその目はいつも俺を貫くように見ていた。あの時違和感があったのは、お前の別の目的が俺自身であり、一般生徒は入れない生徒会室に入るためか。
だけど、その理由までは分からない。
ただ、
「……なん、で、あんたが、泣きそうなんだ」
「お前が言わねぇからだ」
ただ一言を。
切実な一言を。
状況や立場が違っていても、意味は同じ。
───強がるな。
首筋を撫でる手を、掴んだ。
「たすけて、くれ」
「……っ、あぁ、」
辛いのは、苦しいのは。
それを逃がしてくれるのなら、俺は。
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