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中編
求める、ということ。‐1
 


 部屋の中から足音が近付いてきて、頭を打った扉に押されて身を動かし、そのまま倒れ込むように入った。



「おいなんだ今の、…おわっ」



 床に体を打つ前に、しっかりした体に受け止められた。
 その触れた場所から熱が上がっていくような錯覚に熱を含んだ息を吐くと、槙野は怪訝な声を隠さずに問いかけてくる。
 だが、うまく喋れない。ここまで強いものをあいつはどこで手にいれたのか。
 震える手で、槙野の腕を掴む。
 見上げると、目を見開いた槙野と視線が合わさる。



「……っふろ、かして」
「は?、いやいいけど、おまえ、」
「いいから、たのむ」
「……歩けるのか」
「いけ、る」



 槙野に支えられたままだったが、ゆっくりと浴室へと歩く。
 手を離し、浴室に入ると、服のままシャワーコックを捻って頭からぬるま湯を被った。



「おい、服」
「いい。……よゆうが、ない」
「……なにされた」



 背後の声が、最近聞かなくなっていた不機嫌そうなものに変わっている。
 振り返ることなく、熱くになったシャワーをただ浴びて、座り込む。



「盛ら、れた」
「誰に」
「友……だと、思っていた、やつだ」
「…っ」



 今更どう思っているかなど、俺は気にしなかった。どうでもいい、というよりは、そう思っていた方が楽だったから。
 忘れていたわけではなかった。
 ただ、考えないようにしていただけで、あの目の奥を見なかっただけで。



 ───俺は、知っていた。
 長岡文也が、俺の親衛隊隊長の後ろに立っていたことも。事実上、親衛隊を統制していたのが文也だったことも。
 しかしそれでも、親衛隊はちゃんとまとまっていて支障もなかったから、そのままにして何も言わなかった。
 そして、俺が文也を友だと思っていても、文也はそれだけではないのだと、俺は知っていた。
 不安や嫉妬は、親衛隊員たちと殆ど変わらない揺らぎを持って目に現れていたが、俺と友という距離を保つことが、文也にとって最良の譲歩だったのだ。今までは。
 知っていて放置した、その代償なのだろう。ここにきて俺は、また友を失ったらしい。



「……は、」
「小野宮…?」



 可笑しい、と思った。滑稽だと。
 失った?友を?馬鹿な。

 もともと、友ではなかったのだ。
 友のように接していた、慕わしいと思われていて、俺はそれを受け流していたに過ぎない。
 友ではなかった。いつの間にかそう思い込んでいただけだった。
 滑稽だ。
 失うものなど、ないではないか。


 そう思ったら、笑えた。
 久々のそれがこんな笑いだとは。



「……小野宮、」
「なんだ」



 ざあざあ、と雨のように降り注ぐ音に掻き消されそうな槙野の声に、そこでやっと振り返る。

 久しく見なかった、苛立った顔がそこにあった。



「お前、そんなんで消えると思ってねぇだろうな」
「……紛れる事も、微妙だな…っ」
「こっち向け、体ごと」



 頭からお湯を浴びながら、膝立ちのままだった体を槙野へと向ける。
 すると奴は、服のまま浴室に入ってきた。



「まきの、濡れる、…っ」
「なあ、」



 無視か。
 気にならないから入ってきたのだろうが、槙野はそのまま服を濡らしながらコックを閉めた。お湯が止まる。
 目の前にしゃがんだ槙野は、上着にしているパーカーのジッパーを下ろし始めた。



「……服を脱ぐなら、っ、自分で、出来る」
「余計な事を何も考えねぇで、俺に全部委ねてみる気はあるか」



 また無視か。
 そう言って見上げてくる槙野は、真面目な顔の鋭い瞳で貫いてきた。



 

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