閑話
*
「───なあ、あそこにトーテムあんじゃん」
「え? ……ああ、あれ」
「小学生ん時さぁ、あの一番高いやつの上まで登ろうとして、落ちて足折った」
「罰当たりな」
「トーテムポールって何のためにあるんだろうな。わざわざ怖ぇ顔にしてさ」
「今も怖い?」
「今はそうでもねぇけど、小学生の時はちょっとビビってた」
「まあ確かに、ちょっと怖い顔してる」
トーテムポールの意味なんて考えたことはなかった。ただ何故あるのか疑問はしたが、それは些細なものでいつの間にか忘れ、また見ると同じ疑問を抱く。
静寂な夜の公園に佇む不可解な三本の柱は彼≠フ言う通り、確かに少し不気味だ。
不可解といえば、───も十分に不可解だった。今まで犬猿とした関わりだったのに、ここで会ってから───は僕に対して喧嘩を売るでもなくただ世間話を振ってくる。
口調や言葉は挑発的だったり攻撃的な部分も見受けられるけれど、声色は穏やかで敵意は感じられない。
僕にとっては、公園に鎮座する古いトーテムポールよりも───の方が不思議で、不気味だった。
*
「───お前珈琲飲めねぇの?ガキ」
「……そうだね」
「辛気臭ぇツラしやがって」
「───はカルシウム摂りなよ。短気は損気」
「短気じゃねぇよ。すこぶる気長だわ」
「ふ、そうなんだ、似合わない」
「うっせぇバーカ」
「どこが気長だよ……」
「お前以外には気長」
「開き直るな」
その時僕は、"久しぶりに"笑った気がした。
*
「───アイツらの中じゃ、俺もお前と同じ頭のおかしい人間なんだろうな」
「やめてよ、一緒にしないで」
「そんな嫌かよ」
「嫌だね。───が僕と同じなわけない。同じになっちゃいけない。お前は違う」
「………、」
でも、それを不快に感じたのは最初の一瞬だけで、後は特に荒れることもない比較的落ち着いた時間になっていた。
そして同時に、僕は怖れた。虐げられている僕に関わる───が、周りから奇異の目で見られ、疑惑を抱かれ、将来を潰してしまう事を。
───は何度も僕に言った。「なんでお前は泣かないんだ」と、親の仇を見るように、苦虫を噛み潰したように、歪めた顔で言った。
世間を敵に回した僕にとって、───と過ごした僅かな時間は自分自身で居られる最初で最後の幸運だった。
吐いた唾は飲めない。悪いのは自分だった。まだ軽く済んだ咎めを受ける覚悟を決めることが出来たのは、───との時間があったからかもしれない。
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