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「……別の…存在…」
「そうだ。ここはお前らが言うところのパラレルワールド。聞いたことあるだろ」
「…ある」


 ネット界隈ではよく議論されている話題だった。自分達が存在するこの世界と極めて似ている別の世界があるだとか、複数の宇宙の存在を仮定した理論物理学の話である。
 裕生がまだ生きていた頃に見たネット事典の論文の中では、実に様々な仮説が記載されていたが、あくまでそれらは全て仮説であるという認識だった。
 海外の天才と呼ばれる科学者が提唱するその解釈は、しかし否定する科学者もまた多い。それらの理論物理学に興味のない人らからすれば、認識すらされていない論説である。
 いま自分達が生きているその世界が全てである、という前提の上で思考している。

 しかし裕生の目の前にいる男は、その非科学的な話を容易く肯定した。通常であればそれは信用されるものではなく、ただの不審者として扱われるだろう。
 だが裕生は、男の言葉に納得するほどの経験を短時間で身に受けている。過去でも来世でもないこの奇妙な世界。
 人間の脳には不可思議が多い。記憶など簡単に造り上げる事が出来る。過去の記憶と言っても、それは物理的な証拠のない不可視の存在だ。
 多次元宇宙論と同じように、世界が五分前に出来た、という仮説を論じる科学者もいる。そうであっても不思議ではないと。

 だが今思い出しているこの記憶たちは、今の裕生が得たものではなく、四十年生きた裕生が得たものだった。
 ならば男の言葉に信憑性はあるだろうか。
 裕生が黙ったままでいると、様子を伺っていた男は口を開く。


「分かりやすく説明すると、まずお前の記憶にある四十のおっさんが生きた次元を【A】とする。ここは【B】次元だ。
もちろん【A】で四十歳の芦屋裕生は海に身投げして、今頃は水の中だ。
【B】次元の芦屋裕生は十七歳の人生を謳歌していた最中で、その中に【A】で死んだお前の魂をこっちと交換して、ついでに記憶を移植したんだよ」
「───…はあ、いやでもそんなことをしたら今までのコイツは、」
「十七歳の芦屋裕生にとっては単なる未来だ。そいつにとっちゃあ必然的に起こりうる先の話っていうだけ」


 男の説明は分かりやすかったが、裕生からすれば、それはあまりにも非現実的でフィクションの世界の設定を聞いている事と同義でもあった。
 裕生がその感覚でいると分かっているのか、男は溜め息混じりに言った。


「あのな、"記憶を残して過去に戻りたいけどまた同じ苦痛を味わいたくない"、なんてそんな我が儘を叶えるのは、魂を引っ張り出して別次元に飛ばす方が簡単なんだよ」


 それは誰もが後悔した時に一度は考えた事がある時間移動、時空間移動の話だった。


「そもそも記憶を持って過去に戻るなんてのは、造られた映画を見ているだけ。
つまりお前の人生を見返す体験をするもんで、既にある過去も未来も変えることは出来ない。固定されたその次元の歴史だ」
「───…」
「戻ってやり直したかったんだろ?」


 


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あきゅろす。
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