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裕生が声のした背後へ素早く振り返ると、そこには若い男がひとり、ベッドに胡座を組んで裕生を見ていた。
慌てて体を反転させるも上手くいかず、後ろ手に後退り鏡へ背中がぶつかるが、裕生はそれを気にも掛けずに喉を震わせた。
「だ…っ、どうやって入っ…!」
「落ち着けよ」
不機嫌そうに眉を寄せている男は、端整な表情をそのままに、側頭部の髪を撫で付けながら言った。髪は長く白い。手首に連なった金属製の細い腕輪が音を立てる。
長い白髪に黒の着流しは妙な格好に見えた。
裕生は何とか立ち上がろうとしたものの、警戒心と喫驚や焦りで足腰が言うことを聞いてはくれずに、息を飲んだ。
男は舐めるように裕生の全身を眺める。
「カワイソウなおっさん、生まれ変わった気分はどうだ?」
「……なに?」
裕生の外見は十七歳の高校生であるにも関わらず、男は裕生を「おっさん」と呼び、生まれ変わったとも言った。
胡乱な男に対して怪訝に眉を寄せて観察していた裕生は、ふと男の声に覚えがあると気が付いた。
「……あんた、あの夢の…」
「夢じゃねぇよ」
その言葉に裕生は目を見張った。
夢じゃない。あの苦しみの中で聞こえていた声は確かにこの男のものだ。それが夢ではないのなら、あれは現実に起きたことなのか。
「おい、っここはどこなんだ、過去なのか、それとも来世なのか?」
距離を縮めるように四つん這いでベッドに近付いた裕生に、男は毅然とした様子で答えた。
「どっちでもない」
「そんなはず…いやだって、記憶はある。これは俺の記憶だ」
「そうとも。それは現実だった」
ならば芦屋裕生は死んだはずだ。海にこの身を投げて、苦痛の中で沈んでいった。
けれども裕生は生きていて、二十三年前の姿で存在している。裕生だけではなく、聡も両親も、学校関係者すらも。
二の句が継げない裕生に男は続けた。
「この世界と、お前の記憶と、違いがあるだろう」
「!」
自室にある覚えのない雑貨、見知らぬクラスメイトや教職員、同性愛が認知されていること、自身や聡の黒子の位置。
違和を感じた所を思い出している裕生に、男は裕生の疑問を知っているかのように言う。
「お前が予想しているのはタイムループだとかタイムトラベルだとか、そんなもんか?」
「まあ…、それだとしたら何かの障害があるだろう」
「パラドックス?」
「そう、それ」
一体なにが起こるのか、と危惧する目をした裕生に男は笑った。嘲笑うように鼻で笑われた裕生は不快そうに眉を寄せたが、しかし男は気にもとめない。
「よろこばしい事に、それは起きない。何故ならお前はお前であっても、別の存在だからだ」
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