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 結局その日は全ての授業時間を哲学じみた疑問で埋め尽くされ、裕生の頭にはそれ以外を残さなかった。周りと同じように授業に頭を使うより、現状を理解しようと躍起になっている。
 裕生はそれを自分だけが抱えているようにも思えた。聡も他の生徒も教職員も、表面上は何の怪訝も見せずに過ごしている。


 ───自分は今、本当に高校生なのか。裕生が高校二年で思い出すのは、自分の好意が罪であると自覚し、断罪を受け、それから自戒を絶やさず孤独に二十三年を後悔に費やすというスタート地点である。
 ゙その日゙は今日だったのだ。自分の過去をなぞるように動いていた。窓際で親友と話し、冷やかしの声に焦燥して自滅した。あの時、この時間に授業など受けていなかった。
 なのに今はもう、一日の学業が終わろうとしている。

 裕生はただ当惑するしかなかった。自問して自答は返せず、気持ちの悪い疑問だけが蓄積している。
 ここはどこなんだ、という根本的な問いは誰にも聞けない。


「裕〜、帰ろ」
「……あ、うん」


 聡は部活をしていないようだった。背の高さを活かしてバスケットボールを嗜んでいたはずだったけれど、裕生の記憶と今での違いをまたひとつ知る。
 その度に、裕生は目の前の親友がただ外見の酷似した同姓同名の他人なのではないか、過去を共に過ごした彼ではない誰かなのではないかという疑惑を抱いた。

 自分の記憶と今のどちらを信じるべきなのか、どちらが信用に値するのかすらも分からなかった。
 頭の中にある揚州の夢や俎板の鯉だった過去たちは、ただの妄想なのではないか。まだ残夢に苛まれているだけなのではないか。
 けれども五感にしても残るあの痛苦の日々は、裕生の中で鮮明に存在を主張し続けている。
 記憶の中で親友は確かに裕生を様々な声色で呼んでいる。色濃い最後の時ですらも。


「なあ、アリヲ寄らね?」
「え、うん」


 まだ日の高い帰り道、聡が楽しげに言った。
 学生たちが寄り道に利用する大型商業施設は、高校から徒歩で十分程度の場所にある。駅のロータリーを越えた先の広大な空き地に建てられたそれは、記憶の中の過去では裕生が成人を過ぎた頃に完成した有名な施設だった。
 高校生の頃は建設中で、完成したら一緒に行こうという会話も覚えている。それは生涯守られることのない約束であった。


 


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あきゅろす。
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