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やはり繰り返しているのか、と忌々しく感じる存在を睨み付ける。たがそこで裕生の肩に重みが加わり、身体がバランスを崩した。
隣には聡がいるのだから肩に乗ったその腕は聡のものだ、と裕生が理解した時、親友は自慢げに言った。
「羨ましいだろ?彼氏と喧嘩したからって八つ当たりすんなよ」
「ああ!? 目の前でベタベタしやがって、鬱陶しいんだよ!」
「してなかったじゃねーかよ、節穴か」
売り言葉に買い言葉な二人を余所に、その渦中にいる裕生は瞠目していた。
聡はなんと言っただろうか。そして相手は何と返した?聞き間違いではない。今もその話題で言い争っている。
喧嘩を売ってきた相手は見紛う事無く男子生徒で、決して男の装いをした女ではない。けれども聡はその生徒に対して「彼氏と喧嘩」と言った。彼女ではなかった。
裕生の記憶の中の聡は、クラスメイトからの冷やかしで「恋人かよ」などと言われたならば、彼は必ず相手に対して不快を露にしていた。
こんな風に自慢げに、なんの躊躇いもなく密着して勘違いさせるような言動はしなかった。するわけがない。
なにかが違う。
目覚めてから何かが少しずつ違っている。記憶と擦れが生じている。
結局裕生は聡に肩を組まれながら、チャイムが鳴るまで二人の言い争いを無視して考え続けたが、その場で答えが出るわけもなかった。
「裕生、大丈夫か?」
「え、なにが」
聡の席は斜め前だった。斜め後ろにいる裕生を振り返って心配そうに言う聡に首をかしげる。
「いや、ずっと上の空だったから」
「大丈夫だよ」
ほら前向いて、と促して聡の視線から逃げるように裕生は笑う。
違和感が全身に巡っていた。
確かに自分で、聡がいて、記憶の中にある見覚えや聞き覚えている存在があるにも関わらず、どこかが違っている。
朝に確認した年月日は間違いなく『今』だ。四十の裕生が入水した日時で、それから少し経っている。
過去ではない゙こごはなんだ。
来世ならその年数はかなり先なはずだし、しかも見た目がこんなに瓜二つな事はあるのだろうか。自分だけならまだしも、聡やクラスメイト、教員、それに道程にある建物などまで、こうも過去の自分が見ていたものと同様に存在するのだろうか。
自分を含めた彼らの体や記憶だけが変化したのか、とも考えたが、それでは建物の配置や築年数に疑問が生まれる。
あの23年の間に無くなったものや新しく出来たものは多い。
授業中も考え込んだ裕生だったが、なにに対しての疑問にも答えは出てこなかった。
言い様のない疑惑と不安が渦を作り、高校生の授業など受けられる状態ではない。
机に広げたノートには、確かに裕生の懐かしい筆跡で授業内容が記されているが、既に忘れてしまっているそれを思い出そうともしなかった。
空いている場所で疑惑を字に起こしてもみた。自殺から目覚めるまでに何があったのかさえ分かればいいのに、と裕生はノートに書きなぐった荒荒しい字を見つめたまま溜め息を吐き出した。
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